農協職員の残業代請求 訴訟について

農協職員の残業代請求 約200人が約3億円請求

「農協正職員の3分の2が提訴 残業代3億円請求 岡山」(朝日新聞デジタル)

朝日新聞の記事です(2016年6月27日)。
岡山県津山市の津山農業協同組合(JAつやま、正職員約400人)が、残業代を長期間にわたり支給せず違法だとして、職員200人超が組合に対して、合計約3億円(付加金を含めると約6億円)の支払いを求めて訴訟を提起していたとのこと。
2014年11月には、労働基準監督署がJAに対し、残業代を支払うよう是正勧告を出していて、JA側は一部の支払いに応じたが、翌15年3月に代理級の職員を「管理監督者」に一方的に変更したとのことです。
JA側は未払いの残業代はないとして、請求の棄却を求めているとのことですが、是正勧告まで出ているとなるとJA側の主張が認められるのはなかなかハードルが高いといえるでしょう。

この裁判の争点は、①職員が管理監督者に該当し、残業代を支払わなくてよい例外にあたるか、②タイムカードの記録が勤務実態と合っているか等とのことです。
本サイトの「残業代の基礎」のページでは、

「3.3 管理監督者 ―労働時間・休日の規制の適用除外」

「2.14 労働時間の記録」

として、上記論点について解説していますので、参考にしてみてください。

日頃から適切な残業代管理が必要

このように大きく報道され、残業代を支払っていないことが世の中に知られてしまうのは、コンプライアンスがしっかりしていないということで、会社にとって大きなイメージダウンになります。

なお、厚労省の2016年2月の発表によると、2014年度に労働基準監督署から是正指導を受け、100万円以上の残業代を支払った企業は、1329社にのぼり、対象従業員は約20万人、総額は約142億円との報道もあります。
日頃から適切な残業代の管理が必要です。労務管理体制の整備についてはこちらをご参照ください。

416時間残業のツケ:残業代に加えて慰謝料まで・・・

残業代に関する近時の報道

24時間勤務を1カ月…残業416時間の男性が訴訟 会社側は「残業強いたことはない」

東京都内のある会社から業務委託契約を受けてシステム管理の仕事をしていた男性が、1か月間連続して24時間勤務したとして、約580万円の支払いを求めた訴訟において、東京地裁は、2年分の残業代に加え、30万円の慰謝料も含めて、約480万円の支払いを会社に対して命じました。

記事によると、この男性は1か月間、24時間連続勤務が続き、残業時間は416時間となっていました。判決は「会社は過重な労働をさせないよう職場環境を整える義務を怠った」としているとのことで、この点が慰謝料を認めた理由になっているものと考えられます。

なお、現時点において、会社による控訴等の事実に関する情報はありません。

業務委託と残業代

今回の事案においては、そもそもこの男性に残業代が発生するかどうかが問題となります。すなわち、残業代が発生するのは労働基準法上の「労働者」であることが必要ですが、この男性の会社との関係は雇用契約ではなく業務委託契約という形でした。このような場合でも「労働者」に該当し、残業代が発生するでしょうか。実際、本件においても、会社側は、男性とは業務委託契約であったことを反論の一つとしていたようです。

労働基準法における「労働者」については、契約の形式によって決められるのではなく、関係の実態において事業に「使用され」かつ賃金を支払われている関係かどうかで判断するものとされています。すなわち、相手方の指導監督を受けているかという点を中心に、報酬の労務対償性等を含めて総合的に判断することとなり、具体的には、相手方の指示に対する諾否の可否、指揮監督の有無、拘束性の有無等を考慮することになります。

本件における詳しい事情は明らかになっていませんが、現実的に24時間労働を強いられ、改善を求めたが受け入れられなかったとのようです。そのような点が、男性を「労働者」として、残業代を認める根拠になったものと考えられます。

慰謝料の支払い:会社の安全配慮義務

本件の大きな特徴は、残業代に加えて慰謝料の支払いが認められている点です。

この点については、過去の裁判例において、職場における使用者の労働者に対する契約責任としての安全配慮義務違反(民法415条)、または不法行為責任(民法709条・715条)として認められてきました。例えば、常軌を逸した長時間労働により労働者がうつ病になり、自殺してしまったという事件において、最高裁は、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務」を負っているとしました(電通事件、最判平成12年3月24日民集54巻3号1155頁)。そして、その後制定された労働契約法5条により、使用者の安全配慮義務が明文上明らかになりました。

本件のような過労に関する安全配慮義務の判断においては、労働時間、休憩時間、休日等の客観的な点と、労働者の年齢や健康状態等に応じた作業時間や内容、作業場所に関する配慮などの主観的な点を考慮することになります。そして、客観的な観点からして明らかに安全配慮義務違反と認められる場合は、主観的な点を考慮することなく、使用者は直ちに責任を負うことになります。

本件において男性の健康状態等は記事からは明らかではありません。しかし、24時間労働が1か月続くというのは明らかに過剰であり、裁判所はその客観的事実を重視したものと考えられます。

終わりに

最近、「社員をうつする方法」という内容の社労士のブログが話題となりました(「社員をうつにする方法」ブログの社労士に退会勧告 愛知県社労士会【ブラック士業】)。社員を意図的にうつ病にさせれば、会社に損害賠償責任が発生することは言うまでもありません。本件において、男性がうつ病等の健康被害を発症したかどうかについては明らかではありません。しかし、本件での慰謝料の金額は30万円でしたが、男性に実際に健康被害等が発生していれば、その金額はさらに大きくなった可能性があります。

過剰な労働により社員に健康被害を生じさせたとなれば、法的な責任を負うのみならず、会社にとって取り返しのつかないイメージダウンにつながる可能性があります。社員の安全環境は軽視せず、十分に注意したほうがよいでしょう。

国会議員の私設秘書と残業代

前回は、公務員の残業代について解説しましたが、今回は、国会議員の私設秘書と残業代 について勉強しましょう。

国会議員の私設秘書と残業代

今年の3月、国会議員が私設秘書に対する残業代支払いことを否定したことがニュースになりました。

国会議員の秘書は、国家公務員法2条3項15号で特別職とされ、一般企業のように残業代を支払う必要はないとされています。しかし、それは公務員としての公設秘書の場合であり、議員個人に雇われている私設秘書については当然残業代の問題が生じます。

機密の事務取扱者

足立議員は、この点について、私設秘書は「労働基準法41条2号に『管理監督者』と並んで規定されている『機密の事務を取り扱う者』に該当すると認識している」と主張しているようです。

この「機密の事務を取り扱う者」については、こちらも参照ください。

通達では「機密の事務を取り扱う者とは秘書その他職務が経営者又は監督若しくは管理の地位に在る者の活動と一体不可分であつて、出社退社等についての厳格な制限を受けない者であること。」(昭和22年9月13日基発17号)とされ、ここでは「秘書」が具体例として挙げられており、残業代支払いの対象でないかのようにも思えます。

しかし、この点も管理監督者と同様、実態に合わせて具体的に判断することになります。管理監督者については、こちらもご参照ください。

過去の裁判例をみても、管理監督者と並列して検討しているものはあるものの、「機密の事務を取り扱う者」の該当性を正面から取り上げたものはほとんどありません。

仙台高裁昭和44年4月1日判決は、残業代との関連ではありませんが、「『機密の事務を取り扱う者』とは、その取り扱う事務が機密性を有するものであるがために労働時間、休憩および休日に関する規定をこれに適用することが困難であるとされる者、すなわち、職務の右性質上、その勤務の態様が、出社退社等についての厳格な制限を受けないものとされている者を指すものと解すべき」として、前記管理監督者該当性で考慮要素とされていたものと同じような考慮要素を挙げています。

まとめ

上記報道によれば、足立議員は「最高裁まで争う」と言っているようですが、結果は厳しいものになることが予測されます。

(弁護士 南波耕治)

公務員と残業代 :管理職手当は支給されていたが・・・

 

残業代に関する近時の報道

「主任の残業代未払い」和解…管理職に当たらず。8月29日の読売新聞の記事です。

大阪府東大阪市職員の30歳代の男性主任が、「権限も与えず管理職として扱い、残業代を支給しなかったのは労働基準法違反」として、時間外勤務手当など約520万円の支払いを市に求めた訴訟で、市が解決金180万円を支払う条件で大阪高裁で和解したことが分かりました。なお、本件の地裁判決では男性側が勝利し、市に約288万円の支払い命じていたようです。

また、市は和解を受けて一般行政職員に対する扱いを見直す予定のようです。

公務員と残業代 

地方公務員法は、職員を一般職と特別職とに分け、原則として一般職のみを対象としています(3条、4条)。そして、同法は58条で労働基準法その他の労働関連法規の一部の規定を適用除外としていますが、残業代及びその例外に関する労基法37条や41条については適用除外とはしていません。そのため、一般職員に対する残業代の支給については一般企業と同様に考えることになります。

残業代を払わなくてよい、「監督若しくは管理の地位にある者」

労働基準法41条2号において、「監督若しくは管理の地位にある者」(以下、「管理監督者」といいます。)は残業代に関する規定の適用除外とされています。この問題についての詳しい説明はこちらをご覧ください(いわゆる「名ばかり管理職」についてはこちらも参照)。

裁判例における管理監督者該当性の判断要素としては、

  1. 職務内容・権限:人事上の決定権などですが、必ずしもそれに限定されず、経営全般に関する重要な決定への参画が考慮されることも多いです。
  2. 勤務態様:出退勤管理など、労働時間に関する拘束の程度が考慮されます。
  3. 賃金処遇:一般従業員と比較して、管理監督者にふさわしい待遇がなされているかが考慮されます。

といったものがあります。

本件は、結果として和解で終了していますが、実質的には主任の管理監督者該当性を否定したものといえます。報道によりますと、本件の原告となった男性は、給与のほかに、月2万円の管理職手当などの支給は受けており、一定の優遇はされていたようです(それが適切な程度であったかどうかという問題は当然あります。)。しかし男性は、「行政運営の重要事項に関与せず、出退勤は所属長が管理している」とのことで、前記①および②の点から管理監督者には該当しないものとされました。

 

終わりに

管理監督者に該当するかどうかという問題は、通達及び裁判例において一定の基準は示されていますが、あくまでも残業代支払い義務の例外であり、具体的な事情に応じて厳格に判断されます。現に今回冒頭で挙げた例では管理職手当という形で給与上の優遇措置がとられていたにも関わらず、労働基準法上の管理職とはいえないものとされました。

市は、約1500人にいる一般行政職員の約7割にあたる主任以上を管理職としてきたというのですから、今後約1050人に残業代を支払うことになります。このように、残業代は訴訟を提起した個人の問題に限定されず、会社の労務管理体制そのものの変更を余儀なくされることがあり、その影響は予想外に大きくなることもあります。

このように、専門的な判断を要する場合も多いので、自社の取扱いはどうかと思ったときは弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。

高度プロフェッショナル制度

はじめに

与党は、平成27年8月26日、高度プロフェッショナル制度 の導入を柱とする労働基準法の改正案について、今国会での成立を見送る方針を固めました。

ホワイトカラーエグゼンプションとも呼ばれる制度で、本年4月に導入が閣議決定されていました。

経済界からの要請も強い制度ですから、そう遠くない時期に導入されるとも言われています。そこで、今回はこの高度プロフェッショナル制度について説明します。

高度プロフェッショナル制度 とは

概要

高度プロフェッショナル制度は、一定の年収以上であることなどの要件を満たす労働者について、労働時間の規制を撤廃し、自由な働き方を推奨するものと言われています。労働時間の規制を撤廃するということは、残業代も支払われなくなるということです。この制度は、ホワイトカラー労働者の仕事はそれに必要な労働時間量が労働者の経験・能力によって大きく変わるものであって、労働時間の長さが仕事の達成度の直接的な指標とはならず、労働時間の長さを賃金の重要な決定要素とすることが馴染まないという考え方から提唱されたものです。

導入に至る経緯
管理監督者

労働時間の規制を外す制度としては、戦後直後に労働基準法が制定された際に、管理監督者というものが規定されました。この制度は、「監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法第41条第2号)については、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しないとするものです。

しかし、この制度は、労務管理について経営者と一体的な立場にある者を対象とするもので、導入する際の手続規制がなく、名ばかり管理職として判例上はほとんど認められることはありませんでした。

裁量労働制

その後、ホワイトカラーの弾力的な働き方に貢献するものとして、裁量労働制が導入されました。この制度は、一定の要件を満たした場合に、実際の労働時間に関係なく、労使協定で定めた時間を労働したものとみなされるというものです。

しかし、休憩や深夜労働、休日労働に関する規制は排除されないため、割増賃金を支払うことが必要な場合もあります。

結論

高度プロフェッショナル制度は、裁量労働制をさらに進めて、労働時間と賃金との連動を完全に切り離したものと考えれば分かりやすいと思います。

高度プロフェッショナル制度 導入の要件

ここからは、高度プロフェッショナル制度を定めた条文(改正労働基準法案第41条の2)を基にして、これを導入するための要件を説明します。この要件を満たした場合、労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象となる労働者について適用されなくなります。

実体要件
1 対象となる業務(第41条の2第1項第1号)

高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるもの
具体的にどのような業務が対象となるかは、厚生労働省令で定めることとされています。「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」によれば、まずは以下の業務がこれに該当すると見込まれます。

  1. 金融商品の開発業務
  2. 金融商品のディーリング業務
  3. アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)
  4. コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案または助言の業務)
  5. 研究開発業務
2 対象となる労働者の範囲(第41条の2第1項第2号)
  1. 職務が明確に定められていること
  2. 年収が一定額以上であること

1.については、対象となる業務の範囲が明確であることが求められていますが、日本企業では職務を限定しない採用方法が一般的となっているため、当面は外資系企業における導入が中心となると見込まれています。
2.について、具体的な年収額は労働基準法第14条に基づく告示内容(1075万円)を参考にしつつ、改めて厚生労働省令で定められる予定となっています。

3 健康管理時間の把握措置(第41条の2第1項第3号)

対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間を把握する措置を使用者が講ずること
使用者は、対象となる労働者について、残業代支払の基礎としての労働時間を把握する必要はありませんが、健康確保の観点から、対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間の合計時間(法案の中では「健康管理時間」と呼ばれています)を把握する必要があります。
健康管理時間を把握する方法については厚生労働省令で定められることになっていますが、「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」によれば、事業場内にいた時間については、タイムカードやパソコンの起動時間等の客観的な方法によることが原則とされています。これに対し、事業場外の労働時間については、自己申告による方法が考えられます。
このような措置を講じていない場合には、高度プロフェッショナル制度の法的効果である残業代ゼロ等の効果は発生しません(第41条の2第1項但書)。

4 健康・福祉確保措置を講ずること(第41条の2第1項第4号)

対象となる労働者に対し、次のいずれかの措置を選択し、労使委員会で決議するなどして講ずること

  1. 労働者ごとに、始業から24時間を経過するまでに一定時間以上の継続した休息時間を確保し、かつ、1か月のうち午後10時から午前5時までの深夜労働の回数を一定回数以内とすること
  2. 健康管理時間を1か月又は3か月についてそれぞれ一定時間を超えない範囲内とすること
  3. 1年間を通じ104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日を確保すること

「一定時間」「一定回数」は厚生労働省令で定められることとなっています。また、健康管理時間が一定の時間を超えた場合には、医師による面接指導の実施を義務づけられる予定となっています(改正労働安全衛生法案第66条の8の2第1項)。
上記の措置を講じていない場合には、高度プロフェッショナル制度の法的効果である残業代ゼロ等の効果は発生しません(第41条の2第1項但書)。

5 その他の健康・福祉確保措置(第41条の2第1項第5号)

対象となる労働者の健康管理時間の状況に応じた当該対象労働者の健康及び福祉を確保するための一定の措置(有給休暇の付与、健康診断の実施等)を労使委員会の決議で定めるところにより使用者が講ずること
「一定の措置」は厚生労働省令で定められることとなっています。

6 苦情の処理に関する措置(第41条の2第1項第6号)

対象となる労働者からの苦情の処理に関する措置を、労使委員会の決議で定めるところにより使用者が講ずること

手続要件(実施の手順)
  1. 労使の代表で構成される労使委員会を設置する必要があります(第41条の2第1項本文)。
  2. 労使委員会による委員の5分の4以上の賛成をもって、一定の内容を決議する必要があります(第41条の2第1項本文)。
  3. 労使委員会によるイの決議を行政官庁に届け出る必要があります(第41条の2第1項本文)。
  4. 就業規則に高度プロフェッショナル制度の定めを規定し、所定の制定手続を行う必要があります。
  5. 対象となる労働者の同意を得る必要があります(第41条の2第1項本文)。

同意しなかった者に対して解雇等の不利益な取扱いをすることは禁止されています(第41条の2第1項第7号)。

まとめ

高度プロフェッショナル制度は、今国会での成立が見送られた上、反対論も根強いため、いつ成立するかは明らかではありません。また、法律の条文の至るところに「厚生労働省令の定めるところにより」といったことが記載されていることから、厚生労働省令が決まるまでは、具体的な要件が必ずしも定かとはなりません。
ただ、この記事においてもある程度分かるように、要件や導入手続が相当に複雑になるのは間違いないと思われます。もし社内で高度プロフェッショナル制度を導入しようと思った場合は、弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。

2015年8月30日