残業代の支払いを求める労働者が、残業代支払請求権を保全するために、使用者の財産に対して仮差押えを行うことがあります。今回は仮差押えについて勉強しましょう。
仮差押えとは
仮差押えとは、金銭支払債務を負う者(これを「債務者」といいます。)が、将来、当該債務を履行することを確実にするために、金銭債権を有する者(これを「債権者」といいます。)が、債務者の財産から、自己の有する金銭債権に見合ったものを選んで、その財産について、債務者による処分を禁じる効果を発生させるための手続です。
仮差押えの概要
仮差押えを行うためには、債務者が、裁判所に対して、仮差押決定を得るために、仮差押命令申立書を提出します。 この仮差押命令申立書には、主に、①被保全債権の存在と②仮差押えの必要性を記載し、併せて、これらを疎明するための証拠も提出します。
残業代請求においては、①被保全債権の存在として、主に、雇用契約の存在、給料の定め、労務の提供等を、他方、②仮差押えの必要性については、例えば、債務者の財産が隠匿や毀滅される等強制執行をすることができなくなるおそれや、強制執行をするのに著しい困難を生じるおそれがあることを主張・立証することとなります(仮差押えの必要性については、債務者の状況によって異なるため、個々の事案によって異なることとなります。)。
裁判所は、①被保全債権の存在と②差押えの必要性が認められると判断した場合には、仮差押決定を出すこととなりますが、この段階では、裁判所が、債権者の一方的な主張でもって被保全債権を認めたにすぎません。 そうすると、その後の裁判において、債務者の主張を踏まえて考えた場合には、被保全債権がないという判断に至る場合もあることとなりますが、この場合には、債務者は、実際には存在しない債権に基づく仮差押えによって、不当な制約を受け、損害を被ることもあることから、債務者の損害を担保するために、裁判所は、債権者に担保を立てさせた上で、仮差押決定を発令することがほとんどです。 担保の額は、裁判所の裁量によって決められるものですが、仮差押えの目的物の価額に応じ、概ね1割から3割程度となることが多いです。 仮差押決定が発令されると、債務者は、仮差押えの効力が及んでいる財産を勝手に処分することを禁じられます。
仮差押えを受けた場合の対応策
労働者が仮差押えを行う場合には、使用者の取引口座を仮差押えの対象とすることが多い上に、使用者における個々の取引の契約条項中に、使用者が、仮差押えをはじめとする保全手続を受けた場合には、取引を解除することができる旨が定められていることも多いことから、仮差押えが使用者に与える影響はとても大きいと言えます。
そこで、労働者側が主張している残業代支払請求権が、使用者側も異議なく認めるものであれば、使用者側としては、当該労働者に対して、速やかに支払いをし、仮差押えの取下げを要求すべきです。
他方、労働者側が主張している残業代支払請求権に争いがある場合には、仮差押解放金を供託して、仮差押えの執行の停止または取消しを求めることができますので(民事保全法22条1項)、使用者は、仮差押解放金を供託した上で、訴訟等において残業代支払請求権の存否及びその額について争い、もし、債権者が主張する残業代支払請求権の一部または全部の不存在が明らかとなり、これによって、損害を被った場合には、労働者に対して、損害賠償請求をすることができます。