残業代支払請求権と一般先取特権
残業代支払請求権は、使用者と労働者との間の労働契約に基づいて発生する賃金支払請求権の一種であることから、先取特権が認められています(民法306条、同308条)。
先取特権とは、他の債権者より先だって、弁済を受ける権利をいいます(民法303条)。
残業代支払請求権に先取特権が認められたのは、労働者保護という社会的政策によるものです。
先取特権の行使
では、残業代支払請求権を有する労働者は、どのような場面において先取特権を行使するかというと、強制執行と使用者の倒産の2つの場面が挙げられます。
以下、それぞれの場面について、詳述します。
強制執行手続における先取特権の行使
まず、残業代支払請求権を行使するにあたっては、通常、強制執行手続において必要となる判決等の債務名義なくして、強制執行を行うことができます(民事執行法193条1項)。
この場合に、労働者は、判決等の債務名義が不要である代わりに、強制執行手続において、残業代支払請求権の存在、すなわち、①雇用契約の存在、②給料の定め、③労働者による労務の提供を立証しなければなりません。これらの事実を立証するための証拠の例は、次のとおりです。
要件 | 証拠の例 |
雇傭契約の存在 | 雇用契約書、労働者名簿、雇用保険申請書 |
給料の定め | 賃金台帳、源泉徴収票、給与明細 |
労働者による労務の提供 | 出勤簿、タイムカード |
また、他の債権者が強制執行をした場合において、労働者は、先取特権を有することを主張して、この強制執行を利用して、優先弁済を受けることも可能です(同法193条2項)。
使用者が倒産した場合における先取特権の行使
使用者が破産手続開始決定を得た場合において、労働者は、優先的破産債権であることを理由として(破産法98条1項)、他の債権者より優先して配当を受けることができます。
なお、使用者が、再生手続開始決定を得た場合は、残業代支払請求権は、一般優先債権として取り扱われるため、随時支払いを受けることができますし(民事再生法122条1項、2項)、使用者が更生手続き開始決定を得た場合には、残業代支払請求権は、優先的更生債権として取り扱われます(会社更生法168条1項2号)。
会社が取り得る方策
もし、会社において、未だ履行していない残業代支払債務があるにもかかわらず、他の一般債務を優先して弁済するようなことがあれば、労働者は、会社に対して、差押えを行うことが考えられますが、通常、会社と他の企業との間の取引においては、差押えが契約解除事由として定められている場合が多いため、労働者からの差押えは回避しなければなりません。
前述のとおり、残業代支払請求権は、他の債権より優先して弁済を受ける権利を有するものですので、やむを得ず、すべての債権者に対して債務額の全額を弁済することができない状況に陥った場合は、まずは、残業代支払請求権を有する労働者への弁済を優先することをお勧めします。