今回は「残業代の消滅時効 」について学びましょう。
残業代の計算について、大枠は、これまで見たとおりですが、こうして計算した残業代を、必ずしも全て支払わなければならないわけではありません。残業代の支払請求権も他の債権と同じように消滅時効にかかります。
残業代はいつの分まで請求できるのか
法的にみると、労働者は、会社に対し、賃金支払請求権という債権の一種を行使することによって、残業代を請求することになりますが、債権は消滅時効にかかります。
民法の債権の消滅時効期間の一般原則は10年ですが(民法167条1項)、賃金支払請求権の消滅時効は民法上の特則により1年とさだめられています(民法174条1号)。
しかしながら、労働基準法においては、労働者保護の見地から、賃金支払請求権の消滅時効は2年、退職金は5年と定めていますので(労基法第115条)、労働者は、会社に対し、2年前までの残業代に限り、請求することができます。
残業代の消滅時効は、どの時点から起算するのか
では、労働者が、会社に対して、2年分の残業代を請求するにあたり、どの時点を消滅時効の起算点とすべきなのでしょうか。
民法上、消滅時効は、権利を行使することができるときから進行すると定められていますので(民法第166条1項)、残業代をはじめとする賃金支払請求権の消滅時効の起算点は、「賃金の支給日」であると解されています。
例えば、賃金の支払時期につき、毎月末締め、翌15日払いである旨が定められているY会社が、従業員Xに対して、平成23年4月分の残業代から支給していない場合において、Xが、Y会社に対して、平成26年6月10日に残業代を請求したケースを想定すると、Xは、平成24年6月15日に支給された同年5月分の賃金として支払われるべきであった残業代から現在に至るまでの残業代について請求が可能であるということになります。
2年前より遡って残業代を請求することはできないのか
このように、労基法上、残業代支払請求権の消滅時効期間が2年と定められていることから、いかなる場合においても、会社は、労働者から、2年前までの残業代しか請求されないのでしょうか。
時効中断
まず、2年を超える残業代であっても、例えば、過去に、労働者が、会社に対して、未払い分の残業代について仮差押えをした場合や、会社と労働者が交渉した際に、会社が残業代の未払いについて承認した場合等2年の消滅時効を中断するような行為を行った場合には、消滅時効の進行が中断している以上、労働者は、会社に対し、2年以前の残業代であっても請求することができます(民法147条参照)。
不法行為
次に、残業代の未払いが不法行為に該当する場合には、不法行為責任の消滅時効は3年であることから(民法724条)、3年分の残業代相当額の損害金を請求することができます。この点については、杉本商事事件判決(広島高裁平成19年9月4日判例時報2004号151頁)が、労基法上の時効によって消滅した1年分の残業代について、不法行為に基づく損害賠償請求権として、認容していますので、1つの参考とすることができます。
権利濫用
労働者が、裁判外での解決を望み交渉を続けていた場合や、労働者側に提訴に際して必要とする資料がなく、提訴までの準備に時間がかかってもやむを得ない等の事情により、会社が消滅時効を援用することが権利濫用に当たると判断されれば、2年を超える残業代を請求することが許される場合がありえます。
結論
このように、会社は、労働者から、原則として給与支給日から2年間、事情によっては、2年を超えて遡った残業代を請求される可能性があることとなります。具体的事案ごとに、専門家と相談しながら主張を組み立てて判断することが重要です。