今回は、定額残業代制 について勉強しましょう。固定残業代制、割増賃金の定額払い制、時間外手当制、みなし残業代制等とも呼ばれる制度です。
問題の所在
労働者を時間外労働させた場合、使用者は、割増賃金を支払う必要があります(労働基準法37条)。
この場合、この割増賃金を、「実際に行われた時間外労働の時間数に基づいて計算した額」ではなく、「定額」で支払うと、労働者と個別に合意をした場合、あるいは、就業規則で定めた場合、そのような制度が有効か、仮に有効であるとしてどのような場合に割増賃金を支払わないでいいのかが問題となります。
定額残業代制 の類型
定額残業代制 には、実務上いくつかの類型があります。
定額給制度の場合、後掲の小里機材事件判決のように月15時間分の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含め「時間数のみ明示する類型」の他、基本給に5万円の割増賃金を含めるとして「金額のみ明示する類型」、基本給のうち5万円は1か月8時間の分の割増賃金を含めるとして「金額と時間数を明示する類型」があり、他に、歩合給制度で一定割合を明示する類型や、年棒制において採用する類型が考えられます。年棒制については、こちらの記事をご参照ください。
判例の概観
小里機材事件最高裁判決
この点が争われた事件では、「月15時間分の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める」旨の合意がなされていたという事例において、次の2つの要件を満たす場合には、基本給の中に割増賃金分を含めて支払うことができるとされました(最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決・労働判例523号6頁小里機材事件。ただし、原審の示した基準を是認したもの)。
① 基本給のうち、割増賃金に当たる部分が明確に区別されていること
② 労働基準法が定める計算方法により計算された額がその額を上回るときは、その差額を、その賃金の支払期に支払うことが合意されていること
高知県観光事件最高裁判決
完全歩合給制度において、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないとして割増賃金の支払請求を認めた高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・判時1502号149頁)がありますが、②の支払合意の要件を必要としておらず、具体的な要件が統一かつ明確にされているとはいえない状況にありました。
その後の下級審裁判例の動向
裁判例では、上記基準を適用するものの、厳格に運用されているとはいえない状態でした(大阪地判平成18年6月15日労働判例907号5頁大虎運輸事件、東京地判平成19年3月26日・労働判例943号41頁中山書店事件)。
テックジャパン事件最高裁判決
その後、テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・判時2160号135頁)は、高知県観光事件を引用した上で、「基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないもの」として割増賃金の支払請求を認めました。
定額残業代制 を採用するためには
使用者としては、時間外労働に対する割増賃金を基本給に含めて支払おうとする場合には、少なくとも、テックジャパン事件判決に従えば、
基本給と割増賃金に当たる部分を判別できること
が必要であることになります(逆算によって通常賃金と割増賃金を計算可能なケースとして東京地判平成18年7月26日労働判例923号25頁千代田ビル管財事件があります)。
この点に関しては、テックジャパン事件では、櫻井龍子裁判官の補足意見において、定額残業制をとる場合、その旨が契約上も明確にされていることに加え、支給時に時間外労働の時間数と残業手当の額が明示されていることなどの要件が示されており、参考になります。
基本給の中に時間外労働に対する割増賃金分を含めたとしても、当然にその割増賃金の支払が有効になるというわけではありませんので、注意が必要です。
参照通達
- 協定により寒冷地手当を割増賃金の計算の基礎から除外しても、割増金額が法37条の定める金額を下回らなければ、違法にならないか。「本条に定める計算額以上の額の割増賃金を支払う限り、必ずしも本条に定める計算方法に従う必要はない」(昭和24年1月28日基収3947号)。
- 割増賃金を年棒に含む制度は可能か。「年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであって、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている場合は労働基準法第 37 条に違反しない」(平成 12 年 3 月 8 日基収第78 号)
(弁護士 佐藤哲平)
2014年9月22日