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高度プロフェッショナル制度

はじめに

与党は、平成27年8月26日、高度プロフェッショナル制度 の導入を柱とする労働基準法の改正案について、今国会での成立を見送る方針を固めました。

ホワイトカラーエグゼンプションとも呼ばれる制度で、本年4月に導入が閣議決定されていました。

経済界からの要請も強い制度ですから、そう遠くない時期に導入されるとも言われています。そこで、今回はこの高度プロフェッショナル制度について説明します。

高度プロフェッショナル制度 とは

概要

高度プロフェッショナル制度は、一定の年収以上であることなどの要件を満たす労働者について、労働時間の規制を撤廃し、自由な働き方を推奨するものと言われています。労働時間の規制を撤廃するということは、残業代も支払われなくなるということです。この制度は、ホワイトカラー労働者の仕事はそれに必要な労働時間量が労働者の経験・能力によって大きく変わるものであって、労働時間の長さが仕事の達成度の直接的な指標とはならず、労働時間の長さを賃金の重要な決定要素とすることが馴染まないという考え方から提唱されたものです。

導入に至る経緯
管理監督者

労働時間の規制を外す制度としては、戦後直後に労働基準法が制定された際に、管理監督者というものが規定されました。この制度は、「監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法第41条第2号)については、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しないとするものです。

しかし、この制度は、労務管理について経営者と一体的な立場にある者を対象とするもので、導入する際の手続規制がなく、名ばかり管理職として判例上はほとんど認められることはありませんでした。

裁量労働制

その後、ホワイトカラーの弾力的な働き方に貢献するものとして、裁量労働制が導入されました。この制度は、一定の要件を満たした場合に、実際の労働時間に関係なく、労使協定で定めた時間を労働したものとみなされるというものです。

しかし、休憩や深夜労働、休日労働に関する規制は排除されないため、割増賃金を支払うことが必要な場合もあります。

結論

高度プロフェッショナル制度は、裁量労働制をさらに進めて、労働時間と賃金との連動を完全に切り離したものと考えれば分かりやすいと思います。

高度プロフェッショナル制度 導入の要件

ここからは、高度プロフェッショナル制度を定めた条文(改正労働基準法案第41条の2)を基にして、これを導入するための要件を説明します。この要件を満たした場合、労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象となる労働者について適用されなくなります。

実体要件
1 対象となる業務(第41条の2第1項第1号)

高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるもの
具体的にどのような業務が対象となるかは、厚生労働省令で定めることとされています。「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」によれば、まずは以下の業務がこれに該当すると見込まれます。

  1. 金融商品の開発業務
  2. 金融商品のディーリング業務
  3. アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)
  4. コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案または助言の業務)
  5. 研究開発業務
2 対象となる労働者の範囲(第41条の2第1項第2号)
  1. 職務が明確に定められていること
  2. 年収が一定額以上であること

1.については、対象となる業務の範囲が明確であることが求められていますが、日本企業では職務を限定しない採用方法が一般的となっているため、当面は外資系企業における導入が中心となると見込まれています。
2.について、具体的な年収額は労働基準法第14条に基づく告示内容(1075万円)を参考にしつつ、改めて厚生労働省令で定められる予定となっています。

3 健康管理時間の把握措置(第41条の2第1項第3号)

対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間を把握する措置を使用者が講ずること
使用者は、対象となる労働者について、残業代支払の基礎としての労働時間を把握する必要はありませんが、健康確保の観点から、対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間の合計時間(法案の中では「健康管理時間」と呼ばれています)を把握する必要があります。
健康管理時間を把握する方法については厚生労働省令で定められることになっていますが、「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」によれば、事業場内にいた時間については、タイムカードやパソコンの起動時間等の客観的な方法によることが原則とされています。これに対し、事業場外の労働時間については、自己申告による方法が考えられます。
このような措置を講じていない場合には、高度プロフェッショナル制度の法的効果である残業代ゼロ等の効果は発生しません(第41条の2第1項但書)。

4 健康・福祉確保措置を講ずること(第41条の2第1項第4号)

対象となる労働者に対し、次のいずれかの措置を選択し、労使委員会で決議するなどして講ずること

  1. 労働者ごとに、始業から24時間を経過するまでに一定時間以上の継続した休息時間を確保し、かつ、1か月のうち午後10時から午前5時までの深夜労働の回数を一定回数以内とすること
  2. 健康管理時間を1か月又は3か月についてそれぞれ一定時間を超えない範囲内とすること
  3. 1年間を通じ104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日を確保すること

「一定時間」「一定回数」は厚生労働省令で定められることとなっています。また、健康管理時間が一定の時間を超えた場合には、医師による面接指導の実施を義務づけられる予定となっています(改正労働安全衛生法案第66条の8の2第1項)。
上記の措置を講じていない場合には、高度プロフェッショナル制度の法的効果である残業代ゼロ等の効果は発生しません(第41条の2第1項但書)。

5 その他の健康・福祉確保措置(第41条の2第1項第5号)

対象となる労働者の健康管理時間の状況に応じた当該対象労働者の健康及び福祉を確保するための一定の措置(有給休暇の付与、健康診断の実施等)を労使委員会の決議で定めるところにより使用者が講ずること
「一定の措置」は厚生労働省令で定められることとなっています。

6 苦情の処理に関する措置(第41条の2第1項第6号)

対象となる労働者からの苦情の処理に関する措置を、労使委員会の決議で定めるところにより使用者が講ずること

手続要件(実施の手順)
  1. 労使の代表で構成される労使委員会を設置する必要があります(第41条の2第1項本文)。
  2. 労使委員会による委員の5分の4以上の賛成をもって、一定の内容を決議する必要があります(第41条の2第1項本文)。
  3. 労使委員会によるイの決議を行政官庁に届け出る必要があります(第41条の2第1項本文)。
  4. 就業規則に高度プロフェッショナル制度の定めを規定し、所定の制定手続を行う必要があります。
  5. 対象となる労働者の同意を得る必要があります(第41条の2第1項本文)。

同意しなかった者に対して解雇等の不利益な取扱いをすることは禁止されています(第41条の2第1項第7号)。

まとめ

高度プロフェッショナル制度は、今国会での成立が見送られた上、反対論も根強いため、いつ成立するかは明らかではありません。また、法律の条文の至るところに「厚生労働省令の定めるところにより」といったことが記載されていることから、厚生労働省令が決まるまでは、具体的な要件が必ずしも定かとはなりません。
ただ、この記事においてもある程度分かるように、要件や導入手続が相当に複雑になるのは間違いないと思われます。もし社内で高度プロフェッショナル制度を導入しようと思った場合は、弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。

2015年8月30日