投稿者「弁護士 太田理映」のアーカイブ

さあ,労務管理体制の見直しを!― 残業代の不払いに不法行為 が認められた事例を通じて―

残業代をめぐる近時の報道

厚労省が,平成27年1月7日に,ホワイトカラー・エグゼンプションの制度案をまとめたとの報道に接しました。同制度は,一定の年収以上の労働者について,労働時間の規制が撤廃し,自由な働き方を推奨する一方,残業代が支払われなくなるものです。

今回まとめられた厚労省の案の中には,中小企業において,月60時間を超える残業代を50パーセント割り増すと案も含まれているようです。

労働法制の改革がなされても,残業代に関する問題が尽きることはなさそうですね。

残業代の不払いに不法行為 が認められる場合があるか

さて,賃金支払請求権の消滅時効は,労働基準法によって,2年と定められていますが,事例によっては,残業代の不払いに不法行為 を認めることによって,不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が3年であることから,3年分の残業代の支払いが認められるケースがあります(当サイトの,残業代の基礎「1.7 残業代の消滅時効」をご参照ください。)。
先日,多くの法律実務家が参照する判例集においても,使用者が,労働者に対し,時間外割増賃金を支払わずに放置したことが不法行為であるとして,2年を遡る残業代について,不法行為に基づく損害賠償金としてその支払義務が認められた裁判例(名古屋地裁一宮支部平成26年4月11日判例時報2238号115頁。以下「本裁判例」といいます。)が紹介されていました。

本裁判例の判決では,「使用者は(中略),労務管理の中で,従業員に残業が発生していることを認識し,又は認識し得た場合には,当然適正な残業手当を支払う義務を負うところ,これを支払わず漫然と放置した場合において,違法性が認められる場合には,単に債務不履行となるだけでなく不法行為を構成するものと解される。」と判示した上で,

  1. その当時,使用者である被告企業の代表取締役は,同企業の原告従業員の勤務時間について,勤務実績通知書の提出を受けており,同通知書には,所定労働時間の終了時間を大幅に超える終了時間が多数記載されていたことから,原告従業員に,長時間にわたる残業が発生していることを認識することが容易であったこと
  2. そうであるにもかかわらず,上記代表取締役は,残業代を支払わなかったこと
  3. 被告企業は,労基署から割増賃金の不払いについて指導を受けたにもかかわらず,一部の支払いをした後,すぐに不払いとなり,労働組合等からの支払要請にも応じなかったこと
  4. 被告企業の代表取締役は,労働組合との団体交渉の場において,「赤字会社が法律に従って給料を支払っていたら経営が成り立たない」と発言する等,従業員の労働時間を管理して適正に賃金を支払おうとする姿勢が全く見られないこと

を挙げ,被告企業が残業手当を支払わずにこれを放置したことには違法性が認められるとして,賃金支払請求権の2年の消滅時効にかかる分の残業代についても,不法行為に基づく損害賠償金として,被告企業の支払義務を認めました。

本裁判例の代表取締役のように,堂々と,法に従う意図がない旨を表明されてしまいますと,裁判官も人間である以上,被告企業に不利な心証をもって判断することになるのは自明の理です。
また,本裁判例においては,別の論点において,被告企業が,原告である従業員らに対する未払賃金の債務を免れる目的や,同従業員らが,組合活動によって未払賃金の支払いを求めているために,同従業員を排除する目的で,被告企業を解散し,従業員らを解雇するに至ったと認定されていますが,このような背景も,残業代の不払いにつき不法行為性を認めるきっかけになったのではないかと推察されます。

結論

コンプライアンスが重視される昨今,本裁判例を通じて,いま一度,労働法制を再確認した上で,貴社の労務管理体制を見直してみてはいかがでしょうか。

(大久保 理映)

2015年2月3日

阪急トラベルサポート事件 最高裁判決にみる事業場外みなし労働時間制

阪急トラベルサポート事件 について、最高裁は、平成26年1月24日に、事業場外労働に関する労働時間のみなし制度(労基法第38条の2第1項)が適用されるために必要となる「労働時間が算定し難いこと」という要件について、初めて判断しましたので、本判決(最二判平成26年1月24日判時2220号126頁)を簡単にご紹介致します。本件に関する過去記事はこちらをご覧ください。

事案の概要

この最高裁判決は、一般に、「阪急トラベルサポート事件 」と呼ばれ、募集型の企画旅行の添乗業務に従事していた労働者が、使用者に対して、時間外割増賃金等の支払い等を求めて提訴した事案です(第1事件から第3事件があり、本判決は第2事件の上告審です。後掲関連判例をご参照ください)。

これに対して、使用者は、添乗業務が、労働時間が算定し難い場合に該当するため、事業場外労働に関する労働時間のみなし制が適用されるとして、労働者の請求を争い、原々審の東京地判平成22年7月2日 (労働判例1011号5頁)では適用を認め、原審の東京高裁平成24年3月7日(労働判例1048号6頁)では適用を否定して結論が分かれていました。

阪急トラベルサポート事件 最高裁判決の内容

最高裁は、添乗員たる労働者が、

① 常時、電源を入れることを命じられている会社から貸与された携帯電話を携行していること以外にも、

② 労働者が、予め使用者が定めた詳細なスケジュールに従って行動することが予定されていること

③ 労働者がスケジュールを変更しなければならない場面においても、労働者にはスケジュール変更に関して与えられている裁量が極めて小さいこと

④ 労働者の実際の行動については、同人が記録する詳細な添乗日報によって把握することができる上、添乗日報の正確性については、ツアー参加者のアンケートや関係者への聴取によって担保されること

等の事実を認定した上で、

  • 「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等」
  • 「本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」

に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、(中略)「労働時間を算定し難いとき」に当たるとは言えない」として、使用者の主張を退けました。

上記最高裁判決は、阪急トラベルサポート事件 の事実関係のもとで労基法が定める事業場外みなし労働時間制が適用されるか否かについて判断したに過ぎず、広く一般に通じる判断を示したものではありません。

しかしながら、事業場外みなし労働時間制が適用されるために必要となる「労働時間を算定し難いこと」という要件については、近年、携帯電話等の通信機器が普及したことによって、使用者が労働者の労働時間を把握することが困難なケースは以前と比べて少なくなってきており、この要件の該当性については、議論されてきたところですので、この最高裁判例は、実務上大いに参考になる判例といえるでしょう。

今後の対応

この最高裁判決を受けて、改めて、会社としては、従業員が事業場外で労働する場合であっても、その従業員による事業場外での行動等について、詳細にわたって予め把握していることも多く、さらに、通信機器を使用して逐次報告受けることも可能ですので、現在においては、事業場外労働に関する労働時間のみなし制度が適用される場合は少ないと考えておいた方がよろしいかもしれません。

関連判例

2014年7月17日

少額訴訟で残業代を請求された場合の対応

残業代請求における法的手段

労働審判か、訴訟か

残業代請求に関する紛争は、労働審判によって解決が図られるイメージをお持ちの方も少なからずいらっしゃるかと思いますが、必ずしも労働審判によって解決が図られるものではありません。
残業代請求を行うに際しては、最初から、訴訟が提起されることがあります(法律上は、残業代請求を行うに際して、まず最初に、労働審判を提起しなければならないという規定はありませんので、最初から訴訟の場で解決を図ることも可能なのです。)。

通常訴訟か、少額訴訟か

請求する残業代の額が、60万円を超えていれば、通常の訴訟となりますが、60万円以下であれば、通常1回の手続で判決が出される「少額訴訟」が提起されることもあります。

少額訴訟への対応

では、従業員から、少額訴訟が提起された場合、企業側はどのように対応すればよいのでしょうか。 続きを読む

残業許可制と不利益変更禁止の原則

だらだら残業防止の方法として、先に残業許可制の導入を紹介し、その中で、残業許可制を導入するためには、(使用者が就業規則の作成義務者であれば、)就業規則に定めることが必要であると記載しました。

そうすると、これまで残業許可制を導入していなかった中小企業においては、就業規則を変更することとなりますが、残業許可制を導入することは、就業規則の不利益変更禁止の原則に抵触するでしょうか。

たしかに、残業許可制が導入されれば、上司から許可が出ない限り残業ができないこととなりますので、労働者の自由に残業をすることができず、これまで労働者が受け取っていた残業代が減る可能性があることから、一見すると、残業許可制の導入は、就業規則の不利益変更に該当するようにも思えます。

しかしながら、残業の要否は、その時々の仕事量と労働者の平均的な能力との相関関係において決まるものですから、それぞれの労働者における残業時間は予め定められているものではなく、労働者における将来の残業代請求権は、一種の期待に過ぎません。

そして、残業許可制は、残業を一切許さないものではなく、業務の効率化と労働者の健康配慮の観点から、残業の要否を判断するものであり、残業が必要な場合には、これまでどおり、残業許可が出るのであり、残業許可制が導入される前から、必要性に応じた残業をしていたのであれば、結果として残響許可制の導入にかかわらず、残業代に大きな変化は見られないこととなりますので、必ずしも労働者が受け取っていた残業代が減ることにはなりません。

このように考えると、残業許可制を導入することは、直ちにこれが労働者の不利益と評価することはできませんので、残業許可制の導入は、就業規則の不利益変更に該当せず、就業規則の不利益変更禁止の原則には抵触しないこととなります。

割増賃金返上 の申し出は有効か

従業員が、時間外労働や、休日労働、深夜における労働をした場合には、割増賃金を支払わなくはなりません(労働基準法37条)。

しかしながら、企業経営が厳しく、従業員の解雇を検討せざるを得ないような状況においては、従業員が、現状における雇用の維持を求め、使用者に対して、時間外労働等を行った場合であっても、それに見合った割増賃金の支払いを受けなくてもよいとして、割増賃金返上 を申し出る場合があるようです。

その後、割増賃金の返上を申し出た従業員から、残業代が請求された場合に、使用者は、従業員による割増賃金の返上を理由として、残業代の請求を拒むことができるでしょうか。

賃金債権の放棄

全額払いの原則

賃金の支払いには、全額払いが原則とされています(労働基準法24条1項)。

割増賃金も賃金債権の一部ですから、割増賃金返上 は、賃金債権の一部放棄とみることができます。

そこで、割増賃金の返上 は、この全額払いの原則に違反しないかという点が問題とされています。

この点については、シンガー・ソーイング・メシーン事件判決(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決民集27巻1号27頁)がリーディングケースとされ、北海道国際航空事件判決(最一小判平15年12月18日労判866号14頁)によって以下のように定式化されました。

  1. 労働者の賃金放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされること
  2. その点につき合理的な理由が客観的に存在すること

を使用者が主張・立証することが必要であるとされています。

しかしながら、割増賃金返上 の申し出は、1回限りの賃金債権の放棄と異なり、より厳格に判断する必要があるとの指摘もあり得るところです。

下級審裁判例

総合労働研究所事件( 東京地判平成年9月11日労経速報1827号3頁)は、退職金の放棄に関する事例ですが、労働者の放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するとして退職金支払請求を否定しました。

退職時に発生する退職金と日々発生する割増賃金との間に違いはないのかなどの問題は残されておりました。

最高裁判決

テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・判時2160号135頁)は、シンガー・ソーイング・メシーン事件判決を引用した上で、

  1. 本件雇用契約の締結の当時又はその後に上告人が時間外手当の請求権を放棄する旨の 意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないこと
  2. 毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり,上告人がそ の時間数をあらかじめ予測することが容易ではないこと

との事実を認定し、原審が認定した事実の下では、自由な意思に基づく割増賃金請求権を放棄する 旨の意思表示があったとはいえないとして割増賃金の支払請求を認めました。

割増賃金返上 の申し出があった場合の会社の対応

割増賃金返上 の申し出が認められるためには、テックジャパン事件判決によれば、

  1. 労働者の割増賃金請求権放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされること
  2. その点につき合理的な理由が客観的に存在すること

が必要となります。

企業が経営改革を行う場合において、人件費の見直しを図る場合には、労働者が全員割増賃金の廃止や返上について賛成をしていたとしても、具体的事情によっては、後に割増賃金を請求され、支払うリスクは残ることになるので、注意が必要です。

2013年4月4日(2015年8月26日改定)