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残業許可制と不利益変更禁止の原則

だらだら残業防止の方法として、先に残業許可制の導入を紹介し、その中で、残業許可制を導入するためには、(使用者が就業規則の作成義務者であれば、)就業規則に定めることが必要であると記載しました。

そうすると、これまで残業許可制を導入していなかった中小企業においては、就業規則を変更することとなりますが、残業許可制を導入することは、就業規則の不利益変更禁止の原則に抵触するでしょうか。

たしかに、残業許可制が導入されれば、上司から許可が出ない限り残業ができないこととなりますので、労働者の自由に残業をすることができず、これまで労働者が受け取っていた残業代が減る可能性があることから、一見すると、残業許可制の導入は、就業規則の不利益変更に該当するようにも思えます。

しかしながら、残業の要否は、その時々の仕事量と労働者の平均的な能力との相関関係において決まるものですから、それぞれの労働者における残業時間は予め定められているものではなく、労働者における将来の残業代請求権は、一種の期待に過ぎません。

そして、残業許可制は、残業を一切許さないものではなく、業務の効率化と労働者の健康配慮の観点から、残業の要否を判断するものであり、残業が必要な場合には、これまでどおり、残業許可が出るのであり、残業許可制が導入される前から、必要性に応じた残業をしていたのであれば、結果として残響許可制の導入にかかわらず、残業代に大きな変化は見られないこととなりますので、必ずしも労働者が受け取っていた残業代が減ることにはなりません。

このように考えると、残業許可制を導入することは、直ちにこれが労働者の不利益と評価することはできませんので、残業許可制の導入は、就業規則の不利益変更に該当せず、就業規則の不利益変更禁止の原則には抵触しないこととなります。

だらだら残業を防止するには

終業時間が終わって、やる仕事もないのに職場に残っている。
こんな光景見たことはありませんか?
このように仕事をしていなくても、タイムカードの打刻がある場合、実は残業をしていなかったと後になって証明することは至難の業です。

このようなことを防止するために、残業をするときには上司に事前に申告して許可があるときのみ残業を認めるとする、許可制にすることが有効です。
ただし、かかる残業許可制を採用する場合には、就業規則に定める必要があるばかりか、実体を伴っていることが必要です。例えば、許可なく終業時間が終わっても働いている従業員がいるのに仕事をやめるように指導しないと、黙示の許可があったとして残業が認められてしまうことがあるのです

年俸制と残業代

年棒制を採用していれば残業代を支払う必要はないと誤解しているケースは少なくありませんが、様々な類型があるので、注意が必要です。

年棒制の意義・類型

年俸制とは、賃金の全部又は相当部分を年単位に認定する制度です。年棒制は、成果主義と結びついた賃金制度で、労働基準法の時間管理規制の適用のない、「管理監督者」(労働基準法41条)、裁量労働制適用労働者(同38条の2及び4)か、そもそも「労働者」(同9条)とはいえない者について、採用されることを前提としていました。端的に言えば、前年度の成果を評価して、毎年契約を更改して年棒を定める「プロ野球選手」です。

しかしながら、このような極端な例は希で、実際には、基準賃金と、別に業績評価賃金を組み合わせる、いわゆる「日本型年棒制」と言われる制度が採用される場合がほとんどです。

問題の所在

このように年俸制であったとしても、上掲のような労働基準法の時間管理規制の適用のない者でない限り、時間外割増賃金の支払いが必要となります。日本型年棒制を採用した場合に、業績評価賃金に時間外割増賃金を含むとすることはできますが、その実態が時間管理規制の適用される労働者に当たる以上、いわゆる「定額残業代」制度を年棒制度にも適用することができるかの問題に行き着くわけです。定額残業代制度についての記事はこちらをご参照ください。

年俸制と残業代 に関する行政解釈

年俸制と残業代 に関する行政解釈では、割増賃金を年棒に含む制度は可能であり、次の要件を満たす場合は労働基準法第 37 条に違反しないとされています(平成 12 年 3 月 8 日基収第78 号)。

  1. 「年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであること」
  2. 「割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われていること」

判例の概観

残業代の支払いを命じた裁判例

創栄コンサルタント事件(大阪地判平成14年5月17日労働判例828号14頁)は、

  1. 年俸制を採用することによって、直ちに時間外割増賃金等を当然支払わなくともよいということにはならない
  2. そもそも使用者と労働者との間に、基本給に時間外割増賃金等を含むとの合意があり、使用者が本来の基本給部分と時間外割増賃金等とを特に区別することなくこれらを一体として支払っていても、労働基準法37条の趣旨は、割増賃金の支払を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにあるから、基本給に含まれる割増賃金部分が結果において法定の額を下回らない場合においては、これを同法に違反するとまでいうことはできない
  3. 割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当である

と判示しました。

この判決は、前掲行政解釈や高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・判時1502号149頁)と同様に立場に立つものといえます。

残業代の支払いを否定した裁判例

モルガン・スタンレー・ジャパン事件(東京地方裁判所平成17年10月19日労働判例905号5頁)は、

  1. 原告の給与は,労働時間数によって決まっているのではなく,会社にどのような営業利益をもたらし,どのような役割を果たしたのかによって決められていること
  2. 被告は原告の労働時間を管理しておらず,原告の仕事の性質上,原告は自分の判断で営業活動や行動計画を決め,被告はこれを許容し,そもそも原告がどの位時間外労働をしたか,それともしなかったかを把握することが困難なシステムとなっていること
  3. 原告は被告から受領する年次総額報酬以外に超過勤務手当の名目で金員が支給されるものとは考えていなかったこと
  4. 原告は被告から高額の報酬を受けており、本件において1日70分間の超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意をしたからといって労働者の保護に欠ける点はないこと

との事実を認定した上で、

本件には小里機材事件判決(最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決・労働判例523号6頁)の適用するのは相当ではなく、

「被告から原告へ支給される毎月の基本給の中に所定時間労働の対価と所定時間外労働の対価とが区別がされることなく入っていても,労基法37条の制度趣旨に反することにはならない」

と判示しました。

本判決に対しては、基本給が年間約2200万円に及ぶという事実が労基法37条の適用を免れる根拠にはなり得ないと批判されており、時間管理規制の適用のある労働者でなく、本来裁量労働制で管理されるものであるとして、これまでの判例に大きな影響を及ぼすものではないとされています。

最高裁判例

その後、年棒制に関するものではありませんが、テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・判時2160号135頁)は、上掲高知県観光事件を引用した上で、「基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないもの」として割増賃金の支払請求を認めました。

結論

使用者としては、年棒制を採用し、時間外労働に対する割増賃金を基本給に含めて支払おうとする場合には、時間管理規制の適用のない労働者でない限り、

  • 基本給と割増賃金に当たる部分を判別できること

が必要であることになります。ご注意ください。

2013年4月4日(2015年8月25日改定)