割増賃金返上 の申し出は有効か

割増賃金返上 の申し出は有効か社長のための残業代対策119番従業員が、時間外労働や、休日労働、深夜における労働をした場合には、割増賃金を支払わなくはなりません(労働基準法37条)。

しかしながら、企業経営が厳しく、従業員の解雇を検討せざるを得ないような状況においては、従業員が、現状における雇用の維持を求め、使用者に対して、時間外労働等を行った場合であっても、それに見合った割増賃金の支払いを受けなくてもよいとして、割増賃金返上 を申し出る場合があるようです。

その後、割増賃金の返上を申し出た従業員から、残業代が請求された場合に、使用者は、従業員による割増賃金の返上を理由として、残業代の請求を拒むことができるでしょうか。

賃金債権の放棄

全額払いの原則

賃金の支払いには、全額払いが原則とされています(労働基準法24条1項)。

割増賃金も賃金債権の一部ですから、割増賃金返上 は、賃金債権の一部放棄とみることができます。

そこで、割増賃金の返上 は、この全額払いの原則に違反しないかという点が問題とされています。

この点については、シンガー・ソーイング・メシーン事件判決(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決民集27巻1号27頁)がリーディングケースとされ、北海道国際航空事件判決(最一小判平15年12月18日労判866号14頁)によって以下のように定式化されました。

  1. 労働者の賃金放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされること
  2. その点につき合理的な理由が客観的に存在すること

を使用者が主張・立証することが必要であるとされています。

しかしながら、割増賃金返上 の申し出は、1回限りの賃金債権の放棄と異なり、より厳格に判断する必要があるとの指摘もあり得るところです。

下級審裁判例

総合労働研究所事件( 東京地判平成年9月11日労経速報1827号3頁)は、退職金の放棄に関する事例ですが、労働者の放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するとして退職金支払請求を否定しました。

退職時に発生する退職金と日々発生する割増賃金との間に違いはないのかなどの問題は残されておりました。

最高裁判決

テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・判時2160号135頁)は、シンガー・ソーイング・メシーン事件判決を引用した上で、

  1. 本件雇用契約の締結の当時又はその後に上告人が時間外手当の請求権を放棄する旨の 意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないこと
  2. 毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり,上告人がそ の時間数をあらかじめ予測することが容易ではないこと

との事実を認定し、原審が認定した事実の下では、自由な意思に基づく割増賃金請求権を放棄する 旨の意思表示があったとはいえないとして割増賃金の支払請求を認めました。

割増賃金返上 の申し出があった場合の会社の対応

割増賃金返上 の申し出が認められるためには、テックジャパン事件判決によれば、

  1. 労働者の割増賃金請求権放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされること
  2. その点につき合理的な理由が客観的に存在すること

が必要となります。

企業が経営改革を行う場合において、人件費の見直しを図る場合には、労働者が全員割増賃金の廃止や返上について賛成をしていたとしても、具体的事情によっては、後に割増賃金を請求され、支払うリスクは残ることになるので、注意が必要です。

2013年4月4日(2015年8月26日改定)