名ばかり管理職 とは?

 

名ばかり管理職 とは

日本マクドナルド事件の判決を契機に、いわゆる「名ばかり管理職」という言葉がはやりました。
これは、多店舗展開する小売業、飲食業等のチェーン店の店長などが法律的には時間外労働及び休日労働に対する割増賃金を支払う必要のない「管理監督者」(労働基準法41条2号)でないにもかかわらず、店長(管理職)にあることをもって「管理監督者」として扱い残業代を支払わないことを指し示した言葉です。管理監督者に関する詳細はこちらの記事をご覧ください。

判例の概観

地裁レベルの裁判例には、管理監督者であることを認めたものものも次のように若干存在しますが、現在の判例の基準からすると結論に疑問のあるものもあります。

  • 徳洲会事件大阪地判昭和62年3月31日労働判例497号65頁
  • 日本プレジデントクラブ事件東京地判昭和63年年4月27日労働判例517号18頁
  • パルシングオー事件東京地判平9年1月 28日労働判例725号89頁
  • 姪浜タクシー事件福岡地裁平成19年4月26日労働判例948号41頁

しかしながら、神代学園ミューズ音楽院事件(東京高裁平成17年3月30日労働判例905号72頁)、日本コンベンションサービス事件(大阪高裁平成12年6月30日労働判例792号103頁)を始め判例の多くは監理監督者の該当性を認めません。

上記の日本マクドナルド事件は、管理監督者に当たるといえるためには、

 

  1. 職務内容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、
  2. その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か、
  3. 給与(基本給、役付手当等)及び一時金において、管理監督者にふさわしい待遇がされているか否か

などの諸点から判断すべき、として店長を管理監督者とは認めませんでした。

管理監督者に該当するか否かは、上記のように、職務内容・権限、勤務態様、賃金処遇を考慮して判断されることから一義的に明確ではありませんが、一般的に裁判所は管理監督者性を認めることに対しては厳しいと考えられます(すなわち,残業代は支払えという結論になります。)。

社会問題に対応する新たな通達

同判決後に多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について、通達が出されています

多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の 範囲の適正化について」(平成20年9月9日基発第0909001号)

同通達では、

  1. 「職務内容、責任と権限」についての判断要素として、採用、解雇、人事考課、労働時間の管理、
  2. 「勤務態様」についての判断要素として、遅刻、早退等に関する取扱い、労働時間に関する裁量、部下の勤務態様との相違
  3. 「賃金等の待遇」についての判断要素として、基本給、役職手当等の優遇措置、支払われた賃金の総額、時間単価

といったものが示されています。

詳しいリンク先はこちら(厚生労働省東京局のサイト)です。

2013年4月11日(2015年8月27日改定)

 

だらだら残業を防止するには

終業時間が終わって、やる仕事もないのに職場に残っている。
こんな光景見たことはありませんか?
このように仕事をしていなくても、タイムカードの打刻がある場合、実は残業をしていなかったと後になって証明することは至難の業です。

このようなことを防止するために、残業をするときには上司に事前に申告して許可があるときのみ残業を認めるとする、許可制にすることが有効です。
ただし、かかる残業許可制を採用する場合には、就業規則に定める必要があるばかりか、実体を伴っていることが必要です。例えば、許可なく終業時間が終わっても働いている従業員がいるのに仕事をやめるように指導しないと、黙示の許可があったとして残業が認められてしまうことがあるのです

年俸制と残業代

年棒制を採用していれば残業代を支払う必要はないと誤解しているケースは少なくありませんが、様々な類型があるので、注意が必要です。

年棒制の意義・類型

年俸制とは、賃金の全部又は相当部分を年単位に認定する制度です。年棒制は、成果主義と結びついた賃金制度で、労働基準法の時間管理規制の適用のない、「管理監督者」(労働基準法41条)、裁量労働制適用労働者(同38条の2及び4)か、そもそも「労働者」(同9条)とはいえない者について、採用されることを前提としていました。端的に言えば、前年度の成果を評価して、毎年契約を更改して年棒を定める「プロ野球選手」です。

しかしながら、このような極端な例は希で、実際には、基準賃金と、別に業績評価賃金を組み合わせる、いわゆる「日本型年棒制」と言われる制度が採用される場合がほとんどです。

問題の所在

このように年俸制であったとしても、上掲のような労働基準法の時間管理規制の適用のない者でない限り、時間外割増賃金の支払いが必要となります。日本型年棒制を採用した場合に、業績評価賃金に時間外割増賃金を含むとすることはできますが、その実態が時間管理規制の適用される労働者に当たる以上、いわゆる「定額残業代」制度を年棒制度にも適用することができるかの問題に行き着くわけです。定額残業代制度についての記事はこちらをご参照ください。

年俸制と残業代 に関する行政解釈

年俸制と残業代 に関する行政解釈では、割増賃金を年棒に含む制度は可能であり、次の要件を満たす場合は労働基準法第 37 条に違反しないとされています(平成 12 年 3 月 8 日基収第78 号)。

  1. 「年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであること」
  2. 「割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われていること」

判例の概観

残業代の支払いを命じた裁判例

創栄コンサルタント事件(大阪地判平成14年5月17日労働判例828号14頁)は、

  1. 年俸制を採用することによって、直ちに時間外割増賃金等を当然支払わなくともよいということにはならない
  2. そもそも使用者と労働者との間に、基本給に時間外割増賃金等を含むとの合意があり、使用者が本来の基本給部分と時間外割増賃金等とを特に区別することなくこれらを一体として支払っていても、労働基準法37条の趣旨は、割増賃金の支払を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにあるから、基本給に含まれる割増賃金部分が結果において法定の額を下回らない場合においては、これを同法に違反するとまでいうことはできない
  3. 割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当である

と判示しました。

この判決は、前掲行政解釈や高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・判時1502号149頁)と同様に立場に立つものといえます。

残業代の支払いを否定した裁判例

モルガン・スタンレー・ジャパン事件(東京地方裁判所平成17年10月19日労働判例905号5頁)は、

  1. 原告の給与は,労働時間数によって決まっているのではなく,会社にどのような営業利益をもたらし,どのような役割を果たしたのかによって決められていること
  2. 被告は原告の労働時間を管理しておらず,原告の仕事の性質上,原告は自分の判断で営業活動や行動計画を決め,被告はこれを許容し,そもそも原告がどの位時間外労働をしたか,それともしなかったかを把握することが困難なシステムとなっていること
  3. 原告は被告から受領する年次総額報酬以外に超過勤務手当の名目で金員が支給されるものとは考えていなかったこと
  4. 原告は被告から高額の報酬を受けており、本件において1日70分間の超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意をしたからといって労働者の保護に欠ける点はないこと

との事実を認定した上で、

本件には小里機材事件判決(最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決・労働判例523号6頁)の適用するのは相当ではなく、

「被告から原告へ支給される毎月の基本給の中に所定時間労働の対価と所定時間外労働の対価とが区別がされることなく入っていても,労基法37条の制度趣旨に反することにはならない」

と判示しました。

本判決に対しては、基本給が年間約2200万円に及ぶという事実が労基法37条の適用を免れる根拠にはなり得ないと批判されており、時間管理規制の適用のある労働者でなく、本来裁量労働制で管理されるものであるとして、これまでの判例に大きな影響を及ぼすものではないとされています。

最高裁判例

その後、年棒制に関するものではありませんが、テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・判時2160号135頁)は、上掲高知県観光事件を引用した上で、「基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないもの」として割増賃金の支払請求を認めました。

結論

使用者としては、年棒制を採用し、時間外労働に対する割増賃金を基本給に含めて支払おうとする場合には、時間管理規制の適用のない労働者でない限り、

  • 基本給と割増賃金に当たる部分を判別できること

が必要であることになります。ご注意ください。

2013年4月4日(2015年8月25日改定)

割増賃金返上 の申し出は有効か

従業員が、時間外労働や、休日労働、深夜における労働をした場合には、割増賃金を支払わなくはなりません(労働基準法37条)。

しかしながら、企業経営が厳しく、従業員の解雇を検討せざるを得ないような状況においては、従業員が、現状における雇用の維持を求め、使用者に対して、時間外労働等を行った場合であっても、それに見合った割増賃金の支払いを受けなくてもよいとして、割増賃金返上 を申し出る場合があるようです。

その後、割増賃金の返上を申し出た従業員から、残業代が請求された場合に、使用者は、従業員による割増賃金の返上を理由として、残業代の請求を拒むことができるでしょうか。

賃金債権の放棄

全額払いの原則

賃金の支払いには、全額払いが原則とされています(労働基準法24条1項)。

割増賃金も賃金債権の一部ですから、割増賃金返上 は、賃金債権の一部放棄とみることができます。

そこで、割増賃金の返上 は、この全額払いの原則に違反しないかという点が問題とされています。

この点については、シンガー・ソーイング・メシーン事件判決(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決民集27巻1号27頁)がリーディングケースとされ、北海道国際航空事件判決(最一小判平15年12月18日労判866号14頁)によって以下のように定式化されました。

  1. 労働者の賃金放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされること
  2. その点につき合理的な理由が客観的に存在すること

を使用者が主張・立証することが必要であるとされています。

しかしながら、割増賃金返上 の申し出は、1回限りの賃金債権の放棄と異なり、より厳格に判断する必要があるとの指摘もあり得るところです。

下級審裁判例

総合労働研究所事件( 東京地判平成年9月11日労経速報1827号3頁)は、退職金の放棄に関する事例ですが、労働者の放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するとして退職金支払請求を否定しました。

退職時に発生する退職金と日々発生する割増賃金との間に違いはないのかなどの問題は残されておりました。

最高裁判決

テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・判時2160号135頁)は、シンガー・ソーイング・メシーン事件判決を引用した上で、

  1. 本件雇用契約の締結の当時又はその後に上告人が時間外手当の請求権を放棄する旨の 意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないこと
  2. 毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり,上告人がそ の時間数をあらかじめ予測することが容易ではないこと

との事実を認定し、原審が認定した事実の下では、自由な意思に基づく割増賃金請求権を放棄する 旨の意思表示があったとはいえないとして割増賃金の支払請求を認めました。

割増賃金返上 の申し出があった場合の会社の対応

割増賃金返上 の申し出が認められるためには、テックジャパン事件判決によれば、

  1. 労働者の割増賃金請求権放棄の意思表示が自由な意思に基づいてなされること
  2. その点につき合理的な理由が客観的に存在すること

が必要となります。

企業が経営改革を行う場合において、人件費の見直しを図る場合には、労働者が全員割増賃金の廃止や返上について賛成をしていたとしても、具体的事情によっては、後に割増賃金を請求され、支払うリスクは残ることになるので、注意が必要です。

2013年4月4日(2015年8月26日改定)