制度趣旨および概要
銀行取引において,銀行預金債権が強制執行を受けた場合には,通常は,銀行が債務者に対する債権(その多くは,貸金債権)と,債務者名義の銀行預金とを対等額で相殺するため,本設問のように,債権者が債務者の銀行預金債権を差し押さえても,銀行から相殺権を行使され,結果として,債権者による差押えが空振りに終わることはよくあります.
しかしながら,銀行の有する債権が貸金債権であれば,銀行は,担保を取ったうえで債務者に対して金銭を貸し付けていることがほとんどですので,差押債権者としては,あえて,その貸金債権と差押債権である銀行預金債権とを相殺する必要性がないのではないかと思うところです.
現に,過去には,銀行の手形貸付債権と債務者の銀行預金を相殺した事例について,抵当不動産の代価から弁済を受けない債権の部分についてのみ,他の財産から弁済を受けることができると定めた民法394条を参考に,銀行による相殺権の行使を認めないとする裁判例もありました.
しかしながら,その後,銀行が担保を有している場合であっても,銀行が有する債権と債務者名義の銀行預金を相殺することは,銀行による相殺権の濫用には当たらないとする判例が出されましたので,原則として,銀行による相殺権の行使が認められる傾向にあるようです.
しかしながら,例えば,債務者が当該銀行に複数の預金を有しており,そのうち1つの預金が差し押さえられた場合に,銀行が債務者に対して有する債権は,差押えを受けた預金口座以外の預金から回収することができるにもかかわらず,あえて銀行が債務者に対して有する債権と差押預金口座を相殺することは,銀行が相殺権を行使することにより,かえって,債権者をはじめとする第三者の等の利益が不当に侵害される結果となるので銀行による相殺権の濫用として認められません.
(弁護士 太田 理映)