債権管理とは
債権管理の重要性
取引先の信用調査を行い、適切な取引条件と与信枠を設定し、さらにきちんとした契約書を作成した上で取引を開始したとしても、実際に行う個別の取引が杜撰では、債権回収に支障が生じます。そこで、取引開始後も以下のような点に注意を払う必要があります。
個別契約の証拠化
最初に取引基本契約を締結したら、その後の個別取引は担当者間で受発注を繰り返す個別契約により行うことが一般的です。
この個別契約の受発注については、基本契約に比べて簡易な方法で行うのが一般的ですが、そうは言っても口頭で行うことは避ける必要があります。正式な受発注があったのかが分かりにくくなりますし、受発注の内容自体も後で確認ができなくなってしまうからです。また、経理担当者の方でも、現在どのような個別契約が存在しているかを把握することが難しくなってしまい、債権管理に支障が生じます。
したがって、注文書と注文請書のような書面のやり取りによって個別契約が成立するようにする(この点は、基本契約において明確に定めておく必要があります)とともに、個別契約成立後は請求書を発行する部署に伝えて、債権債務がいくら存在しているかを情報共有しておく必要があります。
納品の証拠化
売掛金を請求するには納品を完了しなくてはいけません。しかし、納品の事実が確認できないと、いざというときに売掛金の回収に支障を来してしまいます。
そのため、基本契約の段階で、発注者に対して納品後ただちに受領書を発行することを義務付けた上で、納品時はこの受領書を受け取って、納品した事実を書面に残しておく必要があります。
発注者から入金があったら、直ちに請求額と照合して、きちんと請求額通りの金額が支払われているか確認します。支払われていなかった場合は、その理由を確認しなければいけません。単に取引先が請求したとおりに支払わないというだけであったら、改めて請求をすることになります。
なお、このような作業は、支払予定日当日に行うべきです。というのも、仮に取引先の支払能力に問題が生じているような場合、取引先に対して「ここには支払っておかなければ…」と思わせる必要があります。支払予定日当日に請求をしておかなければ、取引先の中で支払の優先順位が下がっていってしまい、債権回収に支障が生じてしまうのです。
残高確認書の取得
取引が長期にわたる場合、残高確認依頼書を送って、記名捺印を求めることが考えられます。取引先が残高確認書を発行してきた場合、それは取引先が債務の存在を認めた証拠になりますし、消滅時効を中断する効果も生じます。
あくまでも「自社の内部監査のため」などといった名目にして、取引先に警戒感を与えないようにすると、発行を依頼しやすくなります。
危険な兆候の見分け方
危険な兆候を把握することの必要性
債権回収はいかに早く着手するかが重要です。着手を早めるためには、債務者の信用に危険な兆候が生じていることをいち早く察知する必要があります。
信用悪化の兆候の情報源としては、以下のようなものが挙げられます。
- 決算書
債務者から得られる情報として最も重要なものの一つは決算書です。複数年にわたる決算書の内容を分析することで、売上や利益の一時的または慢性的な減少など、信用悪化の兆候を把握することができます。
ただし、決算書には、債務者による粉飾がされていることや、多額の含み損が決算に反映されていないこともあるので、妄信してはいけません。 - 債務者自身の状況
決算書以外でも、債務者との面談や電話等の日常的な関わりの中で、様々な情報を得ることができます。不自然な取締役の交代や見慣れない人物の出入りに始まり、工場の稼働停止、不良在庫の増加、経理担当者の退職など、信用悪化の兆候は色々なところに出てきます。
登記
- 不動産登記
債務者の保有する不動産の登記簿謄本を定期的に確認しておくと、有益な情報が得られることがあります。
売却による移転登記はもちろん、(根)抵当権などの担保権の登記や、差押え・仮差押え・仮処分などの登記がされている場合は、注意が必要です。新規事業を目的とした資金調達のために遊休不動産を売却したり担保権を設定したりしている場合もありますが、資金力が悪化したために売却等をした可能性もあります。また、差押え等の登記がされている場合は、債務者に債務不履行が生じている可能性が高いといえます。滞納処分による差押登記がなされていれば、期限を過ぎた租税債務が相当額あることを把握することもできます。 - 債権譲渡登記・動産譲渡登記
不動産と同様に、債権や動産についても、譲渡担保を設定するなどして資金調達に利用していることが、登記簿から把握できることがあります。ただし、債権や動産の譲渡は、譲渡登記をしないでも対抗要件を具備することができますので、譲渡登記がないからと言って安心することはできません。 - 商業登記等
債務者の取締役が交代している場合、それは単に定年等によることもあれば、業況悪化に伴うこともあります。経理や財務を担当している取締役が辞任しているような場合には特に注意が必要です。
なお、悪質な会社は、本店所在地(A地点)を別のところに移した上で、形式的には別の会社(しかも同一の商号)の本店所在地をA地点に移すことで、なりすましをしてくることがあります。このようなことをする場合、執行逃れをはじめとした不当な目的がある可能性は高いでしょう。このようなことに引っかからないよう、商業登記の定期的な確認が求められます(少なくとも、基本契約の更新時などの節目の時期には必須でしょう)。
信用調査会社
取引開始時と同様、信用調査会社のレポートからは財務内容、保有資産など様々な情報を得られることが多いですが、現時点の情報を得るためには時間と費用がかかるとともに、絶対的に信用できるものではない点に注意が必要です。
債務者の同業者・取引先などの第三者
債務者の同業者や取引先は、業界の状況やその中における債務者の地位について具体的な情報を有しているとともに、債務者の信用状況についても利害関係を有しているため、極めて有用な情報が得られる可能性があります。
営業と経理の連携
債務者と直接接触するのは営業担当者であり、債務者の生の業況を最も詳しく把握しています。他方、債務者の取引規模、支払状況など、債務者の信用状態を数字で理解しているのは経理担当者です。この両者が情報を共有することにより、債務者の信用状況を適切に把握することができます。
なお、平成27年10月より通知が開始した法人番号(法人版のマイナンバー)については、その利用例として、法人番号を活用した取引情報の集約による業務の効率化が挙げられています(https://www.nta.go.jp/mynumberinfo/houjinbangou/kuwasiku.htm#k06)。営業部・経理部などが取引先をそれぞれ別々のコードで管理している場合に、法人番号を共通の管理コードにするというものです。これもまた営業と経理の連携の一態様ですから、法人番号の通知をきっかけとして、社内の体制を整備するとよいでしょう。
(弁護士 鈴木 俊行)