書面はなんのため作成するのか
法的手続きで勝訴するためには,客観的な書面が必要です。債権債務は,原則として契約によって発生します.そのため,契約を締結した場合には,必ず契約書を作成することが必要です.
中には,契約書の作成を求めることで,かえって,相手方の信頼を損なうことになるのではないかと契約書作成を躊躇される方もいらっしゃいます.確かに,契約当事者間の関係が良好であれば,仮に,契約書が存在しなくとも,両当事者での取り決めを遵守し,また,契約内容について不明な点があれば,適宜協議するということが可能ですが,何かの拍子に契約当事者間の関係に暗雲が立ち込めるような事態となれば,契約書が存在しない場合,そもそも,他方当事者が,このような契約はそもそも締結していないとして,契約の存在自体を否定することもあります.そうすると,債権者の立場にある者としては,法的手段によって解決を図ることを検討することとなりますが,契約書が存在しなければ,通常は,債権者の主張する契約の存在が裏付けられませんので,結果として,債権者としては,債権回収を図ることができない事態となります.
この点,契約書があれば,そもそも,契約当事者の一方が契約の存在を否定するという事態は生じ得ませんし,契約内容に疑義が生じた場合であっても,契約書に戻って確認する等できますので,一定のトラブル発生を防止することができます.
また,契約当事者間による協議が不調に終わった場合であったとしても,法的手続による解決に期待することができるのです.
すなわち,契約書の存在意義は,契約当事者間においてトラブルが発生したときに発揮されるのであり,そのトラブルは,いつ訪れるかわからないので,いくら契約当事者間が良好な関係にある場合であっても,そのトラブルに備えて作成しておく必要があるのです.
そして,契約書は,究極的には,トラブル発生時に,裁判所に代表される契約当事者ではない第三者が見る場合を想定して作成されるべきものですので,解釈の余地が出ないよう,具体的にかつ詳細にわたり,取り決めておく必要があるのです(特に,契約書中に出てくる文言が多義的に使用されている場合が多く見られますが,多義的であるということは,幾通りにも解釈の余地があるということですので,よろしくありません.この場合には,定義規定を設けるなどして,一義的に解釈されるよう対処されるべきなのです).
なお,貸金に代表されるように,契約によって,金銭に関する債権債務が発生する場合には,契約書にとどまらず,当該契約内容を公正証書にすることが望ましいといえます.
なぜならば,契約の一方当事者が契約に基づく債務(すなわち金銭支払債務)を履行しない場合において,契約書しか存在しない場合には,金銭支払を求める法的手続(訴訟等)によって,その金銭支払請求権があることが裁判所によって認められないと強制執行をすることができませんが,公正証書にしておけば,法的手続を省略して,最初から強制執行をすることが可能であるためです.
しかしながら,一般的に契約書のほか,公正証書も準備しておく例は少なく,また,取引相手に対し,契約締結段階で,公正証書の作成まで要求すると,取引の相手方としては,身構えてしまい,契約締結に躊躇することもままありますので,公正証書の準備は,必要に応じて適宜といった程度でよろしいでしょう.
以上のとおり,契約書の作成が肝要であるとはいえ,業界によっては,契約書の取り交わしがなされないのが慣習であり,原則に従って契約書の作成を要求することで,かえって取引の機会が失われる場合もあるかと思います.
このような場合には,契約書以外で,契約の存在や契約条件を裏付ける必要があります.
例えば,打合せ記録を作成し,契約当事者全員の署名又は押印を求める方法や,メールやFAXでのやり取りを保存しておく方法があります.
この場合においても,契約内容が明確になるよう,文面等を工夫して記録に残すようにされることをお勧めいたします.
取引申込書
最後に,取引の種類によっては,「取引申込書」が作成される場合があるかともいます.しかしながら,契約は,申込みと承諾によって効力が発生するとされているところ,この「取引申込書」は,申込みを示す書面に過ぎませんので,この「取引申込書」に具体的な条件等が記載されていたとしても,この書面をもって,直ちに契約の存在及び契約内容が定まるものではありませんのでご注意ください(もちろん,別途,「平成○年○月○日付取引申込書記載の内容で,取引を開始することを承諾します」といった趣旨の書面があれば,取引申込書の記載に従って,契約の存在と契約内容が定められることになります).
(弁護士 太田 理映)