4.2 債権者取消権

4.2 債権者取消権中小企業債権回収119番

問 私は甲に貸付債権を有していますが,甲が倒産しそうとの情報を得ました。貸付金の期限はまだ到来していますうが,率先して弁済を受けたいと思っています。それができないなら担保権を設定したいのですが何か注意点はありますか。
答え 甲の承諾がある限り、弁済期以前に弁済を受けることも、担保権を設定することも原則として問題ありません。しかし、その結果他の債権者が満足を得られなくなる場合には、債権者取消権により取消しを主張される可能性があります。また、甲が破産した場合は、破産管財人により否認される可能性もあります。それらの点に注意し、弁護士とも相談しながら慎重に債務者と交渉を進める必要があります。

制度趣旨および概要

債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消を裁判所に請求することができ、これを詐害行為取消権(債権者取消権)といいます。すなわち、債務者がある特定の債権者の利益のために唯一の財産である不動産を代物弁済で供与してしまったり、抵当権を設定したりすれば、他の債権者は自己の債権を回収することができなくなります。それを防ぐため、他の債権者は一定の要件のもとで当該行為を取り消すことを主張することができます。いわば抜け駆け的な債権回収を防ぐもので、無資力に陥っている債務者をめぐる債権者同士の争いともいえます。債権者代位権(Q29)と同様、債務者の責任財産を保全することを目的とする制度で、強制執行の準備段階として利用されるものです。
債権者代位権では債権者、債務者、第三債務者という三者の問題ですが、債権者取消権の場合は債権者、債務者、第三債務者に加え、債務者の行為により利益を得た特定の債権者(受益者と言います。)が関係者として登場(受益者からさらに不動産等を譲り受けた転得者がいる場合もあります。)します。債権者代位権の場合と同様、本来債務者の自由であるはずの行為を取り消すというものであり、受益者や転得者の利益とも関連するため、債権者代位権よりも厳格な要件のもとで認められています。
なお、民法上は「詐害行為取消権」という名称になっていますが、「詐害行為」という用語の意味が分かりにくく、また個々の債権者に認められた取消権という趣旨を強調するため、本項では「債権者取消権」という用語で解説します。
また、債権者取消権は法的倒産手続きにおける否認に類似した制度といえますが、否認のほうが対象行為が広く規定され、行為の時期などについても明文で規定されています。

要件および行使の手続き

債権者取消権の要件としては、
① 債権者が債権(金銭債権)を有していること。
② 債務者、受益者および転得者が悪意(他の債権者を害することになる事実を知っていること)であること。
③ 財産権を目的とする法律行為によって債権者を害すること。
があります。ここで最も問題となるのが③の要件で、債務者が特定の債権者に対してする弁済行為をすべて取り消しうるとするのは取引の安全を害する上、債務者の通常の経済活動が不可能になりかねません。一部の債権者への弁済については、自由であるが、信義則に支配されるということになります。
債務者だけでなく受益者においても他の債権者を害する行為であることを知っていることが必要とされているので(要件②)、弁済期にある債権を現金で回収した場合には、債務者と受益者とが共謀して故意に他の債権者を害する意図でなされたものでない限り取消しはできないとされています。実務上、現金による回収については詐害行為取消権に留意する必要はないと思われます。
不動産のように価値の大きな資産の売却は、価格が相当でも詐害行為になることが多いと思われますが、抵当権を消滅させるための弁済資金を調達することを目的としていれば詐害行為とならないこともあります。その場合も、債務者側の主観的要件(要件②)との相関で詐害性を判断することになります。財産に担保権の設定することも一般的には詐害行為になりうるものですが、借金をしたのが生活資金や子供の教育費を得るため等であれば、詐害行為にはならないとした判例があります。
これらについては、現在予定されている民法改正で、明文規定を設けて整理されています。
また、債権者取消権の手続的要件として、裁判上の訴えによる必要があります。そして、受益者(または転得者)のみを被告とすることになり、債務者本人に対しては取消権を行使できないものとされています。そして、保全する必要のある限度でしか行使できないのが原則ですが、不可分であれば全体を取り消すことができます。行使可能な時期は、詐害行為の時から20年(民法改正案では10年)または知った時から2年とされています。
そして、取消しの結果、債務者のもとに当該財産が戻されるのが原則ですが、金銭支払いの場合、取消しを請求した債権者のもとに受益者から直接支払うことが認められています。そして、当該債権者はそれを債務者に返還しなければなりませんが、自己の債権と相殺することにより、事実上の優先弁済を受けることができます。これは、先に債権回収に着手した者が不利になる(「遅いもの勝ち」)となってしまう側面もありますが、その後債務者が破産すれば、債権者取消権による回収が否認の対象となりえます。

まとめ

以上みてきたように、本問のような場合は、債務者から弁済を受けても取消しや否認の対象となる可能性もあります。弁済期が到来してれば金銭債権の回収がそれらの対象となることはあまり考えられませんが、担保の設定などは対象となりうることを意識し、取り消された場合のことも考えておくことが重要です。また、取消しは裁判上の請求に限られているので、その裁判が起こされたらすぐに弁護士に相談することをお勧めします。