賃金未払いで 労基署に逮捕 される!?

労基署が異例の逮捕

2016年3月22日、「労基署が異例の逮捕=賃金未払いの社長ら-岐阜」というニュースが入ってきました。

報道によると、中国人技能実習生に賃金を適切に支払わず、労基署の調査も妨害したとして、岐阜労働基準監督署は22日、最低賃金法と労働基準法違反容疑で、縫製会社社長と技能実習生受け入れ事務コンサルタントを逮捕した。
逮捕容疑は、2014年12月~15年8月、中国人技能実習生の女性4人に最低賃金計約165万円と時間外手当計約310万円を支払わなかった上、虚偽の賃金台帳を提出するなど労基署の調査を妨害した疑いとのことです。

「労基署に逮捕 される!?警察でもないのにできるの?」って思われる方もいると思いますが、実はできるんです。

今回の事件について、どのような法律違反があって、どのような根拠に基づいて労基署が逮捕に至ったのか紐解いてみようと思います。

外国人技能実習制度とは

そもそも、外国人技能実習制度というのは、開発途上国等の青壮年労働者を一定期間産業界に受け入れて、雇用関係の下、日本の産業・職業上の技能等を修得・習熟をしてもらうというものです。
会社としては、人件費を安くできる、一定期間人材を確保できるなどのメリットがあるようです。

ただ、技能実習といえども雇用関係として働くため、日本の労働関係法令が適用されます。
今回逮捕された社長らは、この点を知らなかったのか、知っていて払っていなかったのか分かりませんが、認識が甘かったといえるでしょう。

最低賃金法

最低賃金を払わない、これは最低賃金法4条1項違反で、罰則は50万円以下の罰金です(同法40条)。

地域によって最低賃金が決まっているのはご存知の方が多いと思います。
平成27年度は、岐阜は754円、ちなみに東京は907円です(厚生労働省ホームページ)。

残業代未払いは犯罪行為

次に、残業代未払の点、これは労働基準法37条違反で罰則は6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金です(同法119条1号)。
残業代を払わないことは犯罪で、しかも懲役刑が定められていることはあまり知られていないかもしれません。

労基署の調査を妨害

さらに、労基署の調査に対し妨害、これは労基法・最低賃金法どちらにも規定があり、罰則は30万円以下の罰金です(労基法120条4号・最低賃金法41条3号)。

また、労基署(正確には労働基準監督官)の逮捕権限ですが、これもきちんと法律の根拠があり(労基法102条・最低賃金法33条)、警察官の職務を行うとされています。

このようなことにならないためには?

労基署によると、逮捕にまで至るのは異例とのことなので、今回のケースはかなり悪質だったと思われます。
ただ、逮捕までいかないまでも、最低賃金や残業代を支払わないことは法律違反であることは間違いないので、まずはきちんと支払うことが重要です。
仮に、労基署の調査が入った場合でも、虚偽の賃金台帳を提出するなどの隠ぺいはせず、誠実に対応することが、最悪の結果を回避するための手段といえるでしょう。

※残業代についてもっと詳しく知りたい方、残業代を請求されたけれどもどう対応したらよいか分からない経営者の方は、私がメンバーとして参加している「中小企業残業代119番」もご覧になってみてください。

 

認知症JR事故最高裁判決 の要点解説

認知症JR事故最高裁判決

2016年3月1日、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)において、愛知県で2007年徘徊中に電車にはねられ死亡した認知症の男性(当時91歳、「Aさん」といいます。)の妻と長男にJR東海が損害賠償を求めた訴訟の上告審判決(以下「判決」といいます。)が出されました。

裁判官全員一致で結論として、妻の責任を認めた第二審の判断を覆し(一審では妻・長男ともに責任肯定)、妻に責任はないとしました。

判決の全文は当日のうちに裁判所のホームページにアップされています。

争点

民法713条では、精神上の障害によって自分の行為の責任を理解する能力がない人(「責任無能力者」といいます。)が、他人に損害を加えた場合、本人は賠償責任を負わないとしています。
では、誰が責任を負うかというと、民法714条1項で、責任無能力者を監督する法定の義務を負う人(「監督義務者」といいます。)が原則として賠償責任を負う、ただし、監督義務者が義務を怠らなかったときや義務を怠らなかったとしても損害が生じるときは、責任を免れるとなっています。

また、直接に監督義務者に当たらない場合でも、判例は、監督義務者に準ずべき人(「準監督義務者」といいます。)については、責任の主体となり得ることを認めてきています(最高裁昭和58年2月24日第一小法廷判決参照)。

今回の最大の争点は、妻と長男が、民法714条の監督義務者または準監督義務者に当たるかでした。

判決の要点

判決の要点は、以下の5つです。

精神保険福祉法上の保護者(以下「保護者」といいます、平成25年に廃止)や成年後見人であることだけでは直ちに監督義務者に該当するということはできない。

同居する配偶者だからといって、直ちに監督義務者に当たるとすることはできない。

責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らして、第三者に対する加害行為の防止に向けて、責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合は、準監督義務者として民法714条1項が類推適用される。

④その上で、準監督義務者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど公平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

本件の妻は、当時85歳で要介護1の認定を受けていて、介護も長男の妻の補助を受けて行っていたこと、長男は20年以上も同居しておらず、本件事故直前の時期も1か月に3回程度週末に訪ねていたにすぎないこと等から、両人ともAさんの第三者に対する加害行為を防止するためにAさんを監督することが可能な状況にあったとはいえず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。

補足意見と二つの意見

今回の判決には、木内道祥裁判官の補足意見と岡部喜代子裁判長・大谷剛彦裁判官の意見が出されています。補足意見は判決の理由の補足説明で、意見というのは、判決に結論は賛成だけれども、理由が違う等で裁判官個人が意見を表明するものです。

木内裁判官の補足意見は、保護者の他害防止監督義務、後見人の事実行為としての監護義務が削除された経緯、精神障害者本人の保護の観点、介護の引受けと監督の引受けは区別されることなどについて、分かりやすく書かれています。

また、二人の裁判官の意見は、長男については、Aさんの介護体制の中心的な立場にあったとして、準監督義務者に該当するけれども、義務を怠らなかったとして免責されるとしている点は共通していますが、さらに、成年後見人の成年被後見人に対する身上配慮義務から第三者に対する加害防止義務を導き出すか否かで意見が分かれています(岡部裁判長は否定、大谷裁判官は肯定(長男は成年後見人に選任されてしかるべき者)。

以上のとおり、裁判官の中でも様々な意見が出され、議論されたことがうかがわれます。

判決の解説と私見

今回の判決は、介護する家族等が準監督義務者として責任を負う場合についての基準を打ち出しました。
この基準からすると、基本的には責任を負うケースはかなり限定されると思われます。

一方で、今回損害を被ったのは企業でしたが、私たち個人が被害に遭うというケースも想定されます。その場合、責任を取る人が誰もいないということになると、被害者は救われないことになります。この点については、保険等の活用の余地があるのではないでしょうか。

また、今回Aさんは、駅のホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に下りたあと、電車にはねられたわけですが、もしフェンス扉に施錠がされていれば事故は起きなかったかもしれないことを考えると、鉄道会社においても、事故の予防措置として、立ち入り禁止区域等へ入れないよう施錠の徹底や、ホームドアの設置を完備する等の対応が必要だと考えます。