認知症JR事故最高裁判決 の要点解説

認知症JR事故最高裁判決

2016年3月1日、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)において、愛知県で2007年徘徊中に電車にはねられ死亡した認知症の男性(当時91歳、「Aさん」といいます。)の妻と長男にJR東海が損害賠償を求めた訴訟の上告審判決(以下「判決」といいます。)が出されました。

裁判官全員一致で結論として、妻の責任を認めた第二審の判断を覆し(一審では妻・長男ともに責任肯定)、妻に責任はないとしました。

判決の全文は当日のうちに裁判所のホームページにアップされています。

争点

民法713条では、精神上の障害によって自分の行為の責任を理解する能力がない人(「責任無能力者」といいます。)が、他人に損害を加えた場合、本人は賠償責任を負わないとしています。
では、誰が責任を負うかというと、民法714条1項で、責任無能力者を監督する法定の義務を負う人(「監督義務者」といいます。)が原則として賠償責任を負う、ただし、監督義務者が義務を怠らなかったときや義務を怠らなかったとしても損害が生じるときは、責任を免れるとなっています。

また、直接に監督義務者に当たらない場合でも、判例は、監督義務者に準ずべき人(「準監督義務者」といいます。)については、責任の主体となり得ることを認めてきています(最高裁昭和58年2月24日第一小法廷判決参照)。

今回の最大の争点は、妻と長男が、民法714条の監督義務者または準監督義務者に当たるかでした。

判決の要点

判決の要点は、以下の5つです。

精神保険福祉法上の保護者(以下「保護者」といいます、平成25年に廃止)や成年後見人であることだけでは直ちに監督義務者に該当するということはできない。

同居する配偶者だからといって、直ちに監督義務者に当たるとすることはできない。

責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らして、第三者に対する加害行為の防止に向けて、責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合は、準監督義務者として民法714条1項が類推適用される。

④その上で、準監督義務者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど公平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

本件の妻は、当時85歳で要介護1の認定を受けていて、介護も長男の妻の補助を受けて行っていたこと、長男は20年以上も同居しておらず、本件事故直前の時期も1か月に3回程度週末に訪ねていたにすぎないこと等から、両人ともAさんの第三者に対する加害行為を防止するためにAさんを監督することが可能な状況にあったとはいえず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。

補足意見と二つの意見

今回の判決には、木内道祥裁判官の補足意見と岡部喜代子裁判長・大谷剛彦裁判官の意見が出されています。補足意見は判決の理由の補足説明で、意見というのは、判決に結論は賛成だけれども、理由が違う等で裁判官個人が意見を表明するものです。

木内裁判官の補足意見は、保護者の他害防止監督義務、後見人の事実行為としての監護義務が削除された経緯、精神障害者本人の保護の観点、介護の引受けと監督の引受けは区別されることなどについて、分かりやすく書かれています。

また、二人の裁判官の意見は、長男については、Aさんの介護体制の中心的な立場にあったとして、準監督義務者に該当するけれども、義務を怠らなかったとして免責されるとしている点は共通していますが、さらに、成年後見人の成年被後見人に対する身上配慮義務から第三者に対する加害防止義務を導き出すか否かで意見が分かれています(岡部裁判長は否定、大谷裁判官は肯定(長男は成年後見人に選任されてしかるべき者)。

以上のとおり、裁判官の中でも様々な意見が出され、議論されたことがうかがわれます。

判決の解説と私見

今回の判決は、介護する家族等が準監督義務者として責任を負う場合についての基準を打ち出しました。
この基準からすると、基本的には責任を負うケースはかなり限定されると思われます。

一方で、今回損害を被ったのは企業でしたが、私たち個人が被害に遭うというケースも想定されます。その場合、責任を取る人が誰もいないということになると、被害者は救われないことになります。この点については、保険等の活用の余地があるのではないでしょうか。

また、今回Aさんは、駅のホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に下りたあと、電車にはねられたわけですが、もしフェンス扉に施錠がされていれば事故は起きなかったかもしれないことを考えると、鉄道会社においても、事故の予防措置として、立ち入り禁止区域等へ入れないよう施錠の徹底や、ホームドアの設置を完備する等の対応が必要だと考えます。