賃料の増額を請求する場合の手続
賃料の増額について,借地借家法は次のような規定を置いています。
●借地借家法32条1項
建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。
【解説】
1 話合い
貸主と借主が賃料の増額について話し合い,合意ができれば,その合意した賃料が新たな賃料となります。
2 調停
話合いがまとまらない場合には,裁判所の手続を利用することになりますが,貸主は,訴訟を提起する前に,調停を申し立てる必要があります。
●民事調停法24条の2第1項
借地借家法(平成3年法律第90号)第11条の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第32条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は,まず調停の申立てをしなければならない。
貸主が調停を申し立てることなく訴訟を提起しても,裁判所はその事件を調停に付すことになります(ただし,調停に付すことが適当でないと裁判所が認めるときはこの限りではありません。)。
●民事調停法24条の2第2項
前項の事件について調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には,受訴裁判所は,その事件を調停に付さなければならない。ただし,受訴裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。
調停手続では,通常,1名の裁判官と2名の調停委員から構成される調停委員会のもとで,貸主と借主の話合いが行われます。話合いの結果,合意に至り,調停が成立した場合には調書が作成されます。そして,その調書の記載には裁判上の和解と同一の効力が認められます。
貸主と借主との間で合意がまとまらなければ,調停は成立しません。
ただし,貸主と借主の間で合意が成立する見込みがない場合であっても,貸主と借主との間で「調停委員会の定める調停条項に従います」という趣旨の書面による合意があるときは,調停委員会は適当な調停条項を定めることができます。なお,この「調停委員会の定める調停条項に従います」という趣旨の書面による合意は,その調停の申立ての後になされたものでなければなりません。
●借地借家法24条の3第1項
前条第1項の請求に係る調停事件については,調停委員会は,当事者間に合意が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合において,当事者間に調停委員会の定める調停条項に服する旨の書面による合意(当該調停事件に係る調停の申立ての後にされたものに限る。)があるときは,申立てにより,事件の解決のために適当な調停条項を定めることができる。
3 訴訟
話合いでも合意に至らず,調停でも解決に至らない場合に,貸主が賃料の増額を求めるときは,貸主は賃料の増額を求めて裁判所に訴訟を提起することになります。
訴訟手続の中でも話合いの機会が持たれることはありますが,話合いがまとまらない場合には,最終的には裁判所は判決で相当な賃料を決めることになります。
一方,借主は,裁判が確定するまでの間は,相当と認める賃料を支払えばよいということになっています。
●借地借家法32条2項本文
建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは,その請求を受けた者は,増額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。
もちろん,借主が支払ってきた賃料と,裁判所が認めた賃料が異なり,裁判所が認めた賃料の方が高額である場合もありますが,このような場合であっても,単に差額があるからといって,借主に賃料不払の債務不履行があったということにはなりません。
※なお,借地法が適用される借地の事例ではありますが,最高裁平成8年7月12日判決(民集50・7・1876,判タ922・212)は,賃料増額請求につき当事者間に協議が調わず,賃借人が請求額に満たない額を賃料として支払う場合において,「賃借人が主観的に相当と認める額の支払をしたとしても,常に債務の本旨に従った履行をしたことになるわけではない。」,「賃借人が自らの支払額が公租公課の額を下回ることを知っていたときには,賃借人が右の額を主観的に相当と認めていたとしても,特段の事情のない限り,債務の本旨に従った履行をしたということはできない。」と判示していますので,この点注意を要するでしょう。
借主が支払ってきた賃料よりも,裁判所が認めた賃料の方が高額である場合,借主はこの差額分を支払うことになりますが,さらに借主はこの差額分について年10パーセントの遅延損害金をも支払わなくてはなりません。
●借地借家法32条2項ただし書き
ただし,その裁判が確定した場合において,既に支払った額に不足があるときは,その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。