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協議条項と賃料増減額請求権の関係

【Q】

賃貸借契約に,将来の賃料は賃貸人と賃借人が協議して定めるとの規定がある場合において,賃貸人は,賃借人との協議を経ることなく賃料の増額請求をすることはできますか。

【A】

できる場合があります。必ず協議を経なければ賃料増額の意思表示をすることはできない,とまでは考えられていません。

【解説】

1 法律

借地借家法は,11条で地代または土地の賃料(地代等)の増減請求権について定め,32条で建物賃料の増減請求権について定めています。
ところが,賃貸借契約書に,「将来の賃料は賃貸人と賃借人が協議して定める」旨の定めがある場合,賃貸人は,賃借人との協議を経ることなく,賃料の増額請求権を行使することはできるのでしょうか。協議を経ないでした賃料増額請求の意思表示は無効なのかが問題となります。

2 判例

この点については参考となる判例(最高裁昭和56年4月20日裁判所ホームページ)があります。

これは旧借地法時代の,土地の賃貸借契約に関する事案ですが,まず,土地賃料の増減請求について定めた借地法12条1項は「強行法規」であると判断しました。

「強行法規」とは,当事者の意思では変更することができない規定をいいます。

そのうえで,最高裁は,将来の賃料は賃貸人と賃借人が協議して定める旨の合意は,賃貸人と賃借人との間で協議が成立しない限り賃料の増減を許さないとする趣旨のものではない,として,賃料増減の意思表示をする前に必ず協議を経なければならないとまではいえない,と判断しました。

3 結論

したがって,賃貸借契約に,将来の賃料は賃貸人と賃借人が協議して定めるとの規定がある場合であっても,賃貸人は協議を経なければ賃料増額の意思表示をすることはできない,とはいえないものと考えられます。

仮に,必ず事前の協議を経なければならない,とすると,賃貸人と賃借人の対立が深刻なケースであっても,協議をしなければならないこととなりますが,このような場合に協議をしても,無駄な結果に終わることが多いのではないでしょうか。

なお,事前の協議なく賃料増減の意思表示がなされたとしても,その後に賃貸人と賃借人が協議をすることは可能です。調停はそのための場ですし,仮に調停がまとまらず,訴訟になったとしても,訴訟の場で協議して和解することは可能です。

 なお,本投稿は,投稿日現在の法令及び解釈に基づきます。

賃料増減額請求権と一定期間の経過の関係

賃料増減額請求権と一定期間の経過の関係

【Q】

現行賃料が定められてからあまり日が経過していませんが,賃貸人は賃料の増額を請求できますか。
また,現行賃料が定められてからあまり日が経過していない場合において,賃借人から賃料減額請求があったときは,賃貸人は,現行賃料が定められてからあまり日が経過していない,ということを理由として賃料減額請求を拒むことはできますか。

【A】

1 現行賃料が定められてからあまり日が経過していないとしても,そのことだけを理由に,賃料増減額請求権が認められなくなるわけではありません。
2 しかし,現行賃料が定められてからあまり日が経過していないという事実は,賃料の増減額が認められるかの判断にあたっての判断材料の一つにはなります。

【解説】

1 法律

賃貸借契約の当事者は,その賃料が,土地・建物に対する負担の増減により,土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動により,近傍同種の建物の賃料と比較して不相当となったときは,賃貸借契約の条件にかかわらず,将来に向かって建物賃料の増額・減額を請求することができます(借地借家法32条1項本文)。
ただし,これには例外があります。一定の期間は賃料を増額しない旨の特約がある場合には,この特約が適用されます(同項ただし書き)。
このように,借地借家法は,現行賃料が定められてから一定期間が経過していることを,賃料増減額請求権の要件とはしていません。賃料増減額請求が認められるかは,現行賃料が不相当となったか否かによって判断されます。
したがって,現行賃料が不相当であると認められる場合には,現在の賃料が定められてからあまり日が経過していないとしても,そのことだけを理由に,賃料増減額請求が認められなくなるというわけではありません(A1)。

もっとも,現行賃料が不相当であるかの判断にあたっては,現行賃料が定められてから一定期間が経過しているかという点も問題とされます。
したがって,現行賃料が定められてからあまり日が経過していないという事情があるとすれば,それは,賃料の増減額を否定する方向で機能することが多いのではないでしょうか(A2)。

2 判例

最高裁は,旧借家法適用下の,賃料増額請求に関する事案についてですが,
建物賃貸人による賃料増額請求が認められるには,建物賃料が土地・建物に対する公租公課その他の負担の増減,土地・建物の価格の高低,比隣の建物の賃料に比較して不相当となれば足りるものであり,そして,現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは,賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情に過ぎないと判示しています(最高裁平成3年11月29日判決(裁判所ホームページ

 なお,本投稿は,投稿日現在の法令及び解釈に基づきます。

賃料を減額しない旨の特約(賃料不減額特約)は有効か

【Q】

賃貸人と賃借人が,賃料を減額をしない旨の特約を結んだ場合であっても,賃借人は,借地借家法32条1項本文に基づいて,賃貸人に対して賃料の減額を請求することはできるでしょうか。

【A】

賃借人は,賃貸人に対して賃料減額請求をすることが可能であると解されます。

【解説】

1 法律

(借地借家法32条1項)
建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。

このような特約(賃料不減額特約)が有効であるかが問題となります。

この点,借地借家法32条1項ただし書きは,「一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。」と規定して,「一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約」について規定しています。

借地借家法は賃料不減額特約については特に規定を置いていませんが,借地借家法32条1項は強行規定であると理解されています。
ここで,強行規定とは,当事者の意思で変更することが許されない規定のことで,これに反する法律行為は無効となります。
したがって,賃料不減額特約が存在したとしても,賃借人は,賃貸人に対して賃料減額請求をすることが可能であると解されます。

※ なお,いわゆる定期建物賃貸借の場合において,賃料の改定に関する特約がある場合には,賃料増減額請求権について定めた借地借家法32条は適用されないこととなっています(借地借家法38条7項)。

※ また,一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合に該当するときも,借地借家法32条は適用されません(借地借家法40条)。

2 判例

 この点,最高裁は,建物所有を目的とする土地賃貸借に関する事案についてですが,「3年ごとに賃料を消費者物価指数の変動等に従って改定するが,消費者物価指数が下降したとしても賃料を減額しない」旨の特約について,土地賃貸借契約に関する賃料増減額請求について定めた「借地借家法11条1項の規定は,強行法規であって」,同特約「によってその適用を排除することができないもの」であり,賃貸借契約の当事者は借地借家法11条1項に基づく賃料増減額請求権の行使を妨げられるものではないとし,賃借人は借地借家法11条1項の規定により賃料の減額を求めることができると結論付けています(最高裁平成16年6月29日判決・判時1868号52頁)。

もっとも,このような賃料不減額特約が,賃貸借契約の当事者において,契約締結当初の賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であると解される場合には,賃料増減額請求の当否の判断と,相当賃料額の判断に当たって,重要な事情として十分に考慮されるべきであると考えられます。前記判例も同様に判示しています。

※ 投稿日現在の法令及び解釈に基づいて記載いたしました。

賃料の増減請求は客観的な事情の変化があった場合にしか認められないのか

【Q】

建物賃料の増減額は,このような客観的な事情が変化した場合にしか認められないのでしょうか。

【A】

いいえ。貸主と借主との間の個人的な事情が変化した場合には賃料の増減額は認めらると解されています。

【解説】

1 法律

建物賃料の増減額について,借地借家法32条1項は,「建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。」と定めています。

このように,借地借家法32条1項は建物賃料の増減額が認められる事由として「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減」,「土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」,「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当」を挙げているのですが,建物賃料の増減額は,このような客観的な事情が変化した場合にしか認められないのでしょうか。貸主と借主との間の個人的な事情が変化した場合には賃料の増減額は認められないのか,という問題です。

2 判例

最高裁は,旧借地法が適用される借地契約に関してですが,「借地法12条1項の規定は,当初定められた土地の賃料額がその後の事情の変更により不相当となった場合に,公平の見地から,その是正のため当事者間にその増額又は減額を請求することを認めるものである。」としたうえで,「右事情としては,右規定が明示する一般的な経済的事情にとどまらず,当事者間の個人的な事情であっても当事者が当初の賃料額決定の際にこれを考慮し賃料額決定の重要な要素となったものであれば,これを含むものと解するのが相当である。」と判示しました(平成5年11月26日判決)。

 アンダーラインは投稿者によるものです。

※ 旧借地法12条1項
地代又ハ借賃カ土地ニ対スル租税其ノ他ノ公課ノ増減若ハ土地ノ価格ノ昂低ニ因リ又ハ比隣ノ土地ノ地代若ハ借賃ニ比較シテ不相当ナルニ至リタルトキハ契約ノ条件ニ拘ラス当事者ハ将来ニ向テ地代又ハ借賃ノ増減ヲ請求スルコトヲ得但シ一定ノ期間地代又ハ借賃ヲ増加セサルヘキ特約アルトキハ其ノ定ニ従フ

この最高裁の事案では,貸主と借主(いずれも会社です。)は,土地賃貸借契約締結のときは代表者を同じくする会社でした。賃料の額は,客観的にみて適正と考えられる金額を大幅に超えた金額でしたが,それは,借主が貸主のために資金援助をするという目的によるものであったようです。ところが,時間が経過し,貸主と借主との間に,土地賃貸借契約締結時においてみられたような特別な関係が認められなくなってしまった(援助の必要がなくなった。)という事案です。

最高裁は,借主の賃料減額請求を認めました。

先ほども申し上げたとおり,この最高裁判決は旧借地法が適用される借地契約に関する事案ですが,この最高裁判決と同様の考えに立てば,借家契約であっても,貸主と借主との間の個人的な事情に変化があり,かつ,この個人的な事情が,貸主と借主が当初の賃料額を決定した際に考慮して賃料額決定の重要な要素となっていたものといえるのであれば,賃料の増減額が認められる可能性はあるといえるのではないでしょうか。

賃料の減額を請求する場合の手続について

賃料の減額を請求する場合の手続き

借地借家法は次のような規定を置いています。

●借地借家法32条1項
建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。

【解説】

1 話合い

貸主と借主が賃料の減額について話し合い,合意ができれば,その合意した賃料が新たな賃料となります。

2 調停

話合いがまとまらない場合には,裁判所の手続を利用することになりますが,借主は,訴訟を提起する前に,調停を申し立てる必要があります。

●民事調停法24条の2第1項

借地借家法(平成3年法律第90号)第11条の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第32条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は,まず調停の申立てをしなければならない。

借主が調停を申し立てることなく訴訟を提起しても,裁判所はその事件を調停に付すことになります(ただし,調停に付すことが適当でないと裁判所が認めるときはこの限りではありません。)。

●民事調停法24条の2第2項

前項の事件について調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には,受訴裁判所は,その事件を調停に付さなければならない。ただし,受訴裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。

調停手続では,通常,1名の裁判官と2名の調停委員から構成される調停委員会のもとで,貸主と借主の話合いが行われます。話合いの結果,合意に至り,調停が成立した場合には調書が作成されます。そして,その調書の記載には裁判上の和解と同一の効力が認められます。

貸主と借主との間で合意がまとまらなければ,調停は成立しません。

ただし,貸主と借主の間で合意が成立する見込みがない場合であっても,貸主と借主との間で「調停委員会の定める調停条項に従います」という趣旨の書面による合意があるときは,調停委員会は適当な調停条項を定めることができます。なお,この「調停委員会の定める調停条項に従います」という趣旨の書面による合意は,その調停の申立ての後になされたものでなければなりません。

●借地借家法24条の3第1項

前条第1項の請求に係る調停事件については,調停委員会は,当事者間に合意が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合において,当事者間に調停委員会の定める調停条項に服する旨の書面による合意(当該調停事件に係る調停の申立ての後にされたものに限る。)があるときは,申立てにより,事件の解決のために適当な調停条項を定めることができる。

3 訴訟

話合いでも合意に至らず,調停でも解決に至らない場合に,借主が賃料の減額を求めるときは,借主は賃料の減額を求めて裁判所に訴訟を提起することになります。

訴訟手続の中でも話合いの機会が持たれることはありますが,話合いがまとまらない場合には,最終的には裁判所は判決で相当な賃料を決めることになります。

この場合,貸主は,裁判が確定するまでの間は,相当と認める賃料を借主に対して請求することができます。借主が減額後の賃料しか支払わなかった場合には,その差額分について債務不履行の問題が生じます。

●借地借家法32条3項本文

建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。

なお,賃料増額請求の場面では,借主は,原則として,裁判が確定するまでの間は,相当と認める賃料を支払えばよかったのですが(借地借家法32条2項本文),賃料減額請求の場面では,これとは異なり,先ほども申し上げたとおり,貸主は,裁判が確定するまでの間は,相当と認める賃料を借主に対して請求することができ,そして,これに対して借主が減額後の賃料しか支払わなかった場合には,その差額分について債務不履行の問題が生じますので,注意が必要です。

もちろん,借主が支払ってきた賃料と,裁判所が認めた賃料が異なり,借主が支払ってきた賃料の方が高額である場合もあります。このような場合には,貸主はこの差額分を借主に返還することになりますが,さらに貸主はこの差額分について年10パーセントの遅延損害金をも支払わなくてはなりません。

●借地借家法32条3項ただし書き

ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。

賃料の増額を請求する場合の手続について

賃料の増額を請求する場合の手続

賃料の増額について,借地借家法は次のような規定を置いています。

●借地借家法32条1項
建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。

【解説】

1 話合い

貸主と借主が賃料の増額について話し合い,合意ができれば,その合意した賃料が新たな賃料となります。

2 調停

話合いがまとまらない場合には,裁判所の手続を利用することになりますが,貸主は,訴訟を提起する前に,調停を申し立てる必要があります。

●民事調停法24条の2第1項
借地借家法(平成3年法律第90号)第11条の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第32条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は,まず調停の申立てをしなければならない。

貸主が調停を申し立てることなく訴訟を提起しても,裁判所はその事件を調停に付すことになります(ただし,調停に付すことが適当でないと裁判所が認めるときはこの限りではありません。)。

●民事調停法24条の2第2項
前項の事件について調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には,受訴裁判所は,その事件を調停に付さなければならない。ただし,受訴裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。

調停手続では,通常,1名の裁判官と2名の調停委員から構成される調停委員会のもとで,貸主と借主の話合いが行われます。話合いの結果,合意に至り,調停が成立した場合には調書が作成されます。そして,その調書の記載には裁判上の和解と同一の効力が認められます。

貸主と借主との間で合意がまとまらなければ,調停は成立しません。

ただし,貸主と借主の間で合意が成立する見込みがない場合であっても,貸主と借主との間で「調停委員会の定める調停条項に従います」という趣旨の書面による合意があるときは,調停委員会は適当な調停条項を定めることができます。なお,この「調停委員会の定める調停条項に従います」という趣旨の書面による合意は,その調停の申立ての後になされたものでなければなりません。

●借地借家法24条の3第1項
前条第1項の請求に係る調停事件については,調停委員会は,当事者間に合意が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合において,当事者間に調停委員会の定める調停条項に服する旨の書面による合意(当該調停事件に係る調停の申立ての後にされたものに限る。)があるときは,申立てにより,事件の解決のために適当な調停条項を定めることができる。

3 訴訟

話合いでも合意に至らず,調停でも解決に至らない場合に,貸主が賃料の増額を求めるときは,貸主は賃料の増額を求めて裁判所に訴訟を提起することになります。

訴訟手続の中でも話合いの機会が持たれることはありますが,話合いがまとまらない場合には,最終的には裁判所は判決で相当な賃料を決めることになります。

一方,借主は,裁判が確定するまでの間は,相当と認める賃料を支払えばよいということになっています。

●借地借家法32条2項本文
建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは,その請求を受けた者は,増額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。

もちろん,借主が支払ってきた賃料と,裁判所が認めた賃料が異なり,裁判所が認めた賃料の方が高額である場合もありますが,このような場合であっても,単に差額があるからといって,借主に賃料不払の債務不履行があったということにはなりません。

※なお,借地法が適用される借地の事例ではありますが,最高裁平成8年7月12日判決(民集50・7・1876,判タ922・212)は,賃料増額請求につき当事者間に協議が調わず,賃借人が請求額に満たない額を賃料として支払う場合において,「賃借人が主観的に相当と認める額の支払をしたとしても,常に債務の本旨に従った履行をしたことになるわけではない。」,「賃借人が自らの支払額が公租公課の額を下回ることを知っていたときには,賃借人が右の額を主観的に相当と認めていたとしても,特段の事情のない限り,債務の本旨に従った履行をしたということはできない。」と判示していますので,この点注意を要するでしょう。

借主が支払ってきた賃料よりも,裁判所が認めた賃料の方が高額である場合,借主はこの差額分を支払うことになりますが,さらに借主はこの差額分について年10パーセントの遅延損害金をも支払わなくてはなりません。

●借地借家法32条2項ただし書き
ただし,その裁判が確定した場合において,既に支払った額に不足があるときは,その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。

賃料増減額請求排除の特約

賃料増減額請求

賃料の増減額については、法律上、貸主、借主のどちらからでも請求できることとされています。

特約

この点、賃貸借契約期間中の賃料の変動を望まない当事者もいるはずで(特に事業者の賃貸人にこの傾向は強い場合が多いです)、その場合、賃料の増減額について当事者間で特約をすることが考えられます。

増額しない旨の特約と減額しない旨の特約

ところが、借地借家法は、賃料を増額しない旨の特約は有効とする一方、賃料を減額しない旨の特約は賃借人に不利な特約として無効としています。

ですので、たとえば「賃貸借契約期間中、賃料増減額は行わない」と特約条項を入れたとしても、賃料増額しないとの部分のみ有効で、賃料減額しないとの部分は無効となってしまい、賃貸人は特約条項があることで賃料増額ができない一方、特約条項があるにもかかわらず賃借人は賃料減額請求ができることになってしまいますので注意が必要です。

借地借家法の改正
定期借家契約

実務上の要請として、特に不動産ファンドなどが収益不動産の利回り等を決める際、将来に向かって賃料が減額されることはできるだけ排除したいと考えることがあります。

そこで、このようなニーズを満たすために、定期借家契約に限って賃料減額請求権を排除できるとの借地借家法の改正が平成12年改正で盛り込まれました。

定期借地契約

賃料減額請求を排除することができるのは定期借家契約に限ったことで、定期「借地」契約においてはそのような定めがないのは注意を要するところです。

賃料自動改定特約と賃料増減額請求

賃料自動改定特約

借地の賃料増額請求については、契約条項の中で固定資産評価額の評価替えの時期に同評価額と賃料の額を連動させて決めるなどと規定する賃料自動改定特約を定めることが珍しくありません。

特約と賃料増減額

では、賃料自動改定特約があることから、同条項によらない賃料増減額ができないのか、すなわち賃料自動改定特約によって事実上賃料増減額請求を排除できるのかというと、判例はこれを否定しています(最判昭和31.5.15民集10巻5号496頁、最判昭和56.4.20民集35巻3号656頁、最判平成15.6.12民集57巻6号595頁)。

よって、賃料自動改定特約を定めたとしても、それとは別途当事者による賃料増減額請求が認められることになります。

次に、一般的には賃料増減額の当否及び相当賃料額を決めるにあたっては、直近の合意賃料から、賃料増額請求がなされた時期までの経済的事情の変動等を考慮することになりますが、賃料自動改定特約によって新賃料が定められている場合、新賃料が定められたときまでの経済的事情の変動を考慮の対象から除外できるかを争った事例があります。もし,上記の主張通り新賃料が定められたときまでの経済的事情の変動を除外できるとすると,賃料自動改定特約がある場合,賃料増減額の幅はかなり狭い範囲に限定されることになる可能性が高くなります。

結論から言うと最高裁は,「賃料自動改定特約は、賃貸借契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり、自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではない」と判示し(最判平成20.2.29),賃料自動改定特約によって新賃料が定められたときまでの経済的事情の変動を考慮の対象から除外することはできないと判断しています。

よって,賃料自動改定特約が存在したとしても、上記判断に当たっては、同特約に拘束されることはなく、上記諸般の事情の一つとして、同特約の存在や、同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないことになります。